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きみきみ さくらに ねがいごと
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きみきみ さくらに ねがいごと-4

「竜三殿の願いをひとつだけ、叶えて差し上げます」
「へ!?」
俺は思わず間の抜けた声を上げてしまった。
「何か、あなたの力になりたい……そう思ったんです。猫又のように、私にもまた妖力が備わっている」
言いながら、桜は己の手を硬く握った。桜が拳に力を込めたかと思えば、次の瞬間、その手のひらの中からはらはらと淡い紅色をした桜の花びらが舞い落ちた。
「……手品?」
「違いますよお」
桜は苦笑し、再びその手に力を込める。ゆっくりと桜が手を開くと――そこに白い饅頭がひとつ、生まれていた。湯気の立つ、正真正銘できたての饅頭だ。
「!?」
桜は手から取り出した饅頭を俺に手渡して言う。
「私の力は、ものを取り出せることだけではありません。竜三殿、この力であなたの願いをひとつだけ叶えて差し上げます」
「そ、そんなこと……急に言われても」
いきなり願いをひとつ言えなど、無理な話だ。
俺が口ごもると、桜は考え込むように腕を組んでから、ぽんと手のひらを叩いた。
「では、こうしましょう。竜三殿が願いを決めるまで、私はあなたについて行きましょう。そうしたら願いごとが決まった時に、すぐに叶えてあげられますから!」
「いや、そんなの困……」
「そうしましょう、そうしましょう! いやあ、実は人間の生活っていうものに憧れていましてねえ!」
「だから、困……」
「商店街の角に団子屋さんがあるでしょう。あそこのお餅とか、食べてみたいと思っていたんですよねえ!」
――こいつ、本当はそれが目当てなんじゃないのか?
というか、餅が食べたいのなら自分で出せばいいだけだろうに。
何を言っても聞きそうにない男に引きずられながら、俺は思った。
そしてそう思いながらも、この奇妙な男、桜を連れて――いや連れられて、か?――俺は家路を辿ったのだった。


その翌朝のこと。
「おかわり下さーい!」
「……もう、ない」
俺は呆れて目の前の居候を睨みつけた。
箸を置き、明らかに残念そうな表情を浮かべる桜。しかしすぐに気を取り直した様子で、奴は茶碗に茶を注いでから、たくわんと共にそれをかっ込んでいた。
三合炊き、俺はそのうちの茶碗一杯分しか食べていない筈なのに、もう炊飯器の中は空だ。
少しはひとり暮らしの食費のことを考えろと言いたい。
「居候、おまけに人間じゃないのに」
俺がぼそりと文句を言うと、桜は口元に米粒をつけて、へらっと笑って言った。
「私が桜だって、信じてくれたんですね」
「そりゃ……」
俺は一瞬口ごもるが、諦めたように頷いた。
「……信じるよ。そうでなきゃ、家に上げたりしない」
「ありがとうございます」
桜は屈託なく笑う。その笑顔は、彼女のことを思い出させた。
(……願い、か)
窓の外を見やりながら、俺は奴のいう"願いごと"のことを考えていた。


その日、俺が研究室で本を読んでいると、微かに扉を開く音がした。
「……葉山さん」
俺が彼女の姿を見つけ本を置くと、葉山はごめんという仕草と共に扉を閉めた。
春休みの研究室など、やってくるのは院生ばかりだ。まさか葉山が来るとは思わず、俺は思わず胸を高鳴らせる。
「邪魔しちゃった? ごめんね」
「い、いえ」
俺は首を横に振り、再び本に視線を落とす。
彼女は狭い研究室を陣取る長机に鞄を置き、俺と合い向かいに腰を下ろした。


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