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きみきみ さくらに ねがいごと
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きみきみ さくらに ねがいごと-3

目を細めたままで、その男は俺に言う。
「いやあ、怪しい者じゃないんです」
その言葉に、説得力なんてものはまったくない。
俺は眉を顰め、黙って男の元から去ろうと踵を返した。
「あああ、だから待って下さいってば」
しかし再び肩を掴まれ、それも阻まれる。
「いや、あなたがこの桜を避けるようにして歩いているから、気になりましてね」
「……別に」
一瞬どきりとしたが、俺は短くそう答えた。
……何なんだ、この男は。人間観察が趣味とでもいうのだろうか。
「ここを通る人は、皆私を見上げます。どんな人でも、必ず」
「?」
「私も何百年とここにいますが、春――桜の咲く頃になると、皆が皆揃って私を眺めてくれるんです」
「何百年? "私"を?」
俺は男の言葉に首を傾げた。
すると男はにこりと笑い、小さく会釈する。

「私は桜。あの、大きな桜の木なんです」
「……失礼」
俺は再び踵を返した。
とんでもなく電波な男だ。自分をあの桜の木の精とでも思っているのだろうか。だから、あんな派手な薄紅の着物なんかを着て――
「あのですね、私は本気で言っているんですよ」
三度目だ。男は俺の肩を掴み、言った。
「私はね、悲しいんです。こんなに私達が笑っているのに、あなたみたいに辛そうな顔をしている人を見るのは」
「俺はそんなに暇じゃない……」
そう言いながらも心が揺らいで――男の話を聞いてみたいと思ったのは、この男が本当に悲しそうな顔をしていたからだ。
「……暇じゃないから、三分で話を終わらせてくれるなら」
ぶっきらぼうに言う俺に、男は苦笑した。
「壺を売りつけるわけでも、何かの勧誘でもありませんってば」
それから気を取り直した様子で、男は俺の名を訊ねた。
「……三春竜三」
俺は、やはりぶっきらぼうに答えた。


「では改めまして、私は桜。まあ、桜とでも呼んで下さい」
へらへらと笑いながら、桜はそう言ってぺこりと頭を下げた。
「竜三殿。ものには生命が宿っている――何であっても、そうです」
初対面なのに竜三殿とはやけに仰々しいようで馴れ馴れしいが、俺は黙っていた
「猫又という妖怪をご存じですか?」
俺が頷くと、桜はちらりと桜の大樹を見やった。
俺もつられてその視線の先に目を向ける。
「年を取った猫が変化した、人語を解す妖怪。それは、猫だけに限りません」
まさか、と俺が口の中で呟いたのが、桜にも聞こえたらしい。
桜は笑みを浮かべて頷いた。
「樹齢500年を過ぎた桜もまた、人語を解し話すことができます。そして、このような姿を成すことも」
桜はくるりと回って見せる。
「そんな、まさか」
俺はどちらかといえば空想家だ。しかし、俺の目の前に立つこの男が、あの桜の精だなんて信じることができるだろうか。
普通なら、そんな馬鹿なと一蹴するだろう。それでもこの男のまっすぐな眼差しには、妙な説得力があった。
「今ここで竜三殿が見ているもの、耳にしているものこそが真実。信じて下さい」
桜はそう言って、またにこりと笑った。
「もしそうだとしたら……どうして俺なんかに構うんだ」
話をしたいなら、相手はいくらだっているだろうに。
「先程もお話した通りです」
桜は言った。
「竜三殿。あなたが、辛そうな顔をしていたから」

「ひとりでも多くの人の笑顔を見たい。心を温かくしたい。私達はそのために花を咲かせます」
「桜の咲く頃にここを通る人で、竜三殿のような人を見たのは初めてなんです」
だから、と桜。
咳払いひとつして、桜は人差し指を立てて言った。


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