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遠い春
【フェチ/マニア 官能小説】

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遠い春-1

 「先生、初めて会った時のこと覚えてる? 確かこのあたりのベンチに座ってさあ。先生、黒の短い半ズボンはいてて、私中学生かと思ったんだよ」「せめて高校生にしてくれよ」「でもさあ、先生は大人だったよ。ていうか私が子供だったんだ。まだ9カ月しかたってないんだね」。
 陽が落ちたばかりの大通公園には時折粉雪が舞った。さすがに寒くてベンチに座る気にはなれない。公園を出るその時、私はなんだか名残惜しくなってさっきのベンチの方を振り返った。漆黒の闇に落ちたそのベンチの上に、2つの小さな影がちょこんと座っている、そんな幻を見たような気がした。

 私の住んでいる中島公園から地下鉄南北線を郊外へ向かう。霊園前という乗降客の少ない駅を降りると、人けのない舗装されていない道。雨の日には泥濘に足を取られながら、何度この道を行き来しただろう。月寒川の支流を渡った先には先生の家があった。当時の私はF女子大学の1年生。文学少女だった私は迷わず文学部を選んだが、入学後に待っていたのは進路選択への後悔だった。私の父は内科医だったが、中2の時死別した。母は私を医者にしたがった。でも私は嫌だった。父のいない空白を必死に埋めようとするかのように、私は図書館でサガンやプルーストを貪り読んだ。将来のことなんて、そんな真剣には考えていなかった。母と妹がそばにいてもなにか淋しかった。淋しいいまの自分のことしか考えられなかった。
 私が医療の道に進むことを考え始めたのは、北海道出身でケニアのNGOに参加し医療活動に携わっている女性医師の話をあるセミナーで聞いたことがきっかけだった。人のために生きる、その言葉が私の心にずっと残っていた。でもほんとうはやっぱり淋しかったんだと思う。ただ夢中になれるものが欲しかった。
 私は仮面浪人を決意し、1年の夏休み前から医学部再受験のための勉強を始めた。家族にはあまり迷惑はかけられないし、1年で結果を出さないと。もちろん独学。でも数学への苦手意識がなかなか払拭できない。そんな頃、先生に出会った。所属していた文芸サークルを通じてだった。先生はH大学文学部の学生だが、理系も得意で家庭教師も経験を積んでいる。正直先生というより優しいお兄ちゃんというか、メチャクチャ童顔なので私がお姉さんに間違えられるほどだった。先生は快く私の勉強を見てくれるという。初めは私の家に来てもらっていたが、そのうちに私は先生の家に通うようになった。
 先生は丁寧に教えてくれたし、勉強以外の話、とくに文学や音楽の話は弾んだ。秋になった。受験生は目の色を変えなければいけない季節だ。その頃、私の中には複雑な感情が芽生え始めていた。私は父を失って以来、男の人とこんなに身近に接する機会はなかった。先生は不思議な存在だった。そばにいても男を感じない、中性のような雰囲気。でも私が間違えたりすると、たしなめるような目で私の目をじっと見つめる。見つめられるとなんだか逃げられなくなる。私はあわてて「ごめんなさい」と笑いながら、先生の視線の罠から逃れた。もっと自分が追い詰められたいような感情があった。私は幼少期を思い出していた。
 小学校の頃。父に叱られた記憶はそれほどないが、嘘には厳しかった。嘘がばれると、「お仕置きだ!」、父はしばしば怒鳴った。ワイシャツの袖をまくるような仕草までして、「ほんとうにお尻を叩かれる!」、何度もそう思った。でも父の芝居はそこまで。
私はホッと胸を撫で下ろす。お仕置きなんて絶対にイヤだ! でもそんなことが何度も繰り返されるうちに、一度はやられてもいいかな、ふと思ったことがあった。


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