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かつて純子かく語りき
【学園物 官能小説】

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かつてジュンかく語りき2-2

文学部棟を出た瞬間、私は駆け出していた。
久々に走る。高校生以来かもしれない。身体を伝う風が冷たい。酸素を欲して息を吸い込んでも、肺が冷えきって浅い呼吸しか出来なかった。
アパートの前に着いてやっと、足がもつれるようにして止まった。
「……はぁ、はぁ…。んん、げほっ!」
喉の奥がカラカラで、舌がはりつく。ついて出た乾いた咳の音に、目頭が熱くなった。
なんでカナシイ?
なんでクルシイ?
「ん……。」
ぐす、と鼻を啜ってからアパートのドアを開ける。自分の空間に入ると少し落ち着いた。
「……なんだってんだよッ!」
カバンの中でマナーモードにしておいた携帯が震える。開けるのも見るのも面倒くさくて、床に放り出した。そのまま布団にダイブする。枕元に置いていた子ペンギンのぬいぐるみと目が合った。
「…なんか文句っ?」
きっと睨むと、子ペンギンが悲しそうな顔をしたので、慌てて謝った。
そうだ、コイツは悪くなんてない。悪いのは……誰なんだろう。
タキタを信じ切れない私?
何も話してくれないタキタ?
「……わかンなぃ。」
自分の中で理由が見つからなくて、泣くに泣けなかった。こんなに、どう処理したらいいのかわからない感情が生まれたのは初めてだった。
またカバンの中で携帯が震えた。のそのそ起きあがり、パクンと開く。明るすぎる液晶に目を細めた。メール二件。一件はクミコからだった。
『Title 純子へ
大丈夫?あんね、マジメ君が「村井さんは?」って聞いてきたんよ。一応、具合悪いみたいって話しといたけぇ。えっと、今日はゆっくり休みんさいね。』
もう一件はタキタからだった。
『Title 大丈夫ですか。
体調を崩したと聞きました。また後で。』
パクンと閉める。視界の真ん中には液晶の残像が残っていた。
んんんん……あんまし会いたくないなぁ。
こたつに足をつっこんでからスイッチを点ける。ぶうんという無機質な音がして、少しずつ熱が伝わってくる。
机の上に顎を載っけて、昨日から今までを反芻した。彼は昨日、私たちのカンケイを明るみにしないのは私のためだと言った。
「……なんで、私のためなんだ。」
私のためなら、アンナ態度とらないでくれよ。すぐ触れられる位置にいて、触れちゃいけないなんてヒドすぎる。
とろとろと睡魔が襲ってきた。こんな時でも眠くなるなんてと驚いたが、身体も頭もどっと疲れていたので、そのまま身を任せた。

『…ピンポーン…』
「ん……。」
呼出鈴が鳴った。タキタかもしれない。痺れる足をこたつから引きずりだし、ドアまで急ぐ。一度深呼吸してから、ドアノブに手をかけた。
「……ジュン。」
「……。」
タキタの顔を見上げた。昨日と同じ、優しい瞳と目が合った。
……なんで、こんな顔ができるんだろう。まだ申し訳無さそうな顔してるんなら、一気にホンネを吐き出してしまえるのに。
「風邪は、大丈夫ですか?」
彼は私の頬を両手で包んだ。その指先がひどく冷えていて、私は思わず眉をひそめてしまった。
「ごめん。」
彼がぱっと手を離す。タキタの触れたところに熱が戻っていくのがわかった。
「……入る?」
自分でもぞっとするくらいの無感情な声に、タキタの茶色い瞳が揺れるのがわかった。
でも、もう止まらない。
タキタにコタツに入るようにすすめ、お茶を淹れる準備をする。湯を沸かしている間、ずっと三角座りをしてガスの炎を見つめていた。
「……ジュン。」
「なに。」
タキタが隣りに同じようにして座る。
「今日は、……ごめん。」
彼のこの言葉が、私の最後の枷を壊した。
「あのさ、この際ハッキリさせておきたいんだ。……君は私とのことをどう思ってるっての?」
ふるふる上下に揺れる自分の声が、怒りに拍車を駆けた。
「今日みたいなことがずーーーっと続くの、私はガマンできない!」
タキタはずっと炎を見つめていた。
「それに、私のためってどういうコトなんだ?どう考えても、君のためとしか思えない。どうして、…どうしてミンナを気にするんだ?」
タキタの眼鏡に映るガスの火が赤い。もっと何か言おうとしたけど、何も出てこなくて、はあと息を吐いた。
突然、やかんがけたたましく叫びだす。
タキタは立ち上がり、ガスの火を止めてから私の方を見おろした。
「……あなたのためだと。そう、思っていたんです。」
カチンと来た。
「だから。どうしてだってばよ!!」
両手の拳で床を打ち付けた。涙も出てきやしない。彼は私の前に座り込んで、じんじん痺れる私の両手を握りしめた。
「聞いてください。」
タキタの目は悪魔で涼やかだ。私だけがいつも喚いて、怒って、彼は常に平然としている。それが今日はとても口惜しかった。

「はい、どうぞ。」
目の前に置かれた湯飲みに手をつけず、私は俯いたままだった。ずず…と一口啜ってから、タキタは話し出した。
「僕ね、みんなと…打ち解けてないでしょ?」
そんなことない、と言いかけて止めた。必死に言葉を紡ぐタキタの顔が、あまりにも苦しそうだったから。
「でも、あなたは違う。先輩からも後輩からも、みんなに慕われている。ジュンが僕なんかと付き合ってるって聞いたら、みんながどう思うだろうと考えたんです。」
タキタは手が白くなるまで、湯飲みを握りしめていた。
私はぼんやりとクミコの言葉を思い出していた。『マジメ君ねぇ…。純子が気に病むほどの存在やないと思うんじゃけど。』確かに、そうなのかもしれない。
「僕は、友達が一人もいないし、何考えてるのかわかんない奴と思われてるんでしょう。」
はは、と自嘲気味に笑う。
そういえば私もタキタとちゃんと話すまでは、勉強一筋でクラーイ奴だとばかり思っていたから、タキタの言うコトはアナガチ検討はずれではないだろう。
彼はまたお茶を飲んでから続けた。
「僕だけならまだしも、あなたが皆の好奇な目にさらされるのは嫌です。それならいっそのこと……。」
そこまで言ってタキタは口をつぐんだ。湯飲みを掴む力がさらに強くなる。私はそろそろと手を伸ばしてタキタの手に触れた。


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