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飃(つむじ)の啼く……
【ファンタジー 官能小説】

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飃の啼く…最終章(中篇)-21

「そうか…。そうは見えんがな」

疑わしげな表情を隠そうともしない飃に、さくらは笑顔で答えた。そして、彼女は鼠色の床の上で身体をもぞもぞと動かして飃に、きつく抱きついた。言葉ではなく、態度で、彼女は彼に心を見せた。彼女は手が震えるほどの力をこめて飃の服を掴んだ。俯いた顔を覗けば、歯を食いしばってじっと、何かに耐える彼女の表情が見えただろう。しかし彼はそうしなかった。不意に、彼女の体から力が抜けた。

「飃…」

さくらは飃の胸に顔をうずめた。言いにくそうにしばらく黙ってから、ようやくポツリと口にした。

「戦いになったら…私を止めないでね」

「ああ」

そう。飃は知っていた。八条さくらが本当に強い理由を。

彼女は憎しみに頼らずとも戦える。それ故に強いのだ。愛の為に命を賭け、過去を、失ったものを、自らを省みることも無く、目の前の不幸を消し去るために突き進めるが故に。

「わかっているとも」

お前が一番、この戦を戦いたがっていることは。

彼女は小さく頷いた。なんでもないその仕草に、溜まらず抱きしめる腕に力が篭る。

―だから

この言葉はいえなかった。言葉にするのが怖かった。何かを呼び寄せてしまいそうで。

―だから、生きろよ。お前の愛の大きさゆえに、自分の命をなげうつようなことはするな。

己がお前を護るから。

「約束する」



++++++++++++++





8月20日、午後13時をまわった。

二人の人間からの定期報告が途絶えてからもう8時間が経過した。油良の水鏡に映ることができるのは、その水鏡の水の入った小瓶を持つものだけだ。しかしこちらから二人の居場所を特定して呼びかけることが出来ないので、生きているのか死んでいるのか、それすら分からない。とは言え、生きていても報告が出来ないなら、かなり危険か、絶望的な状況にあると考えて良いだろう。

油良は、いつ報告が入ってもいいように水鏡の前でずっと待っていた。普段なら、どんなに遠くの光景でも、鏡のあるなしに関わらずくっきりと映し出すことの出来る彼の水鏡だが、今は澱みの結界に阻まれて、それが出来ない。だから鏡と水を媒介に、おぼろげに相手の顔を見ながら話すしかないのだ。8時間も交信が途絶えれば彼らは死んでしまったと思わざるを得ないのだが、油良にはその場を離れられない理由があった。

―また…

無視の羽音のようなブブブという音が時折水鏡から聞こえてくる。それにかすかに混じる、だれかの声。そして、非常に不明瞭ではあるが、影が見える。しかも神族のオーラを発している。声は女のものらしく、か細い。誰かが彼と接触を試みようとしているのだ。敵ではないが、水鏡の水を、そのような人物に渡した覚えはない。この水鏡のことを知っているのは、極限られたものだけなのだ。そして、交信の出来るものはさらに限られる。

一体何が起こっているのか、知ることの出来ない苛立ちを抑えつつ、油良はひたすら、漣の立つ水鏡に映る影を、ノイズの向こうの言葉を拾おうとしていた。

「ブ…ブブ…わは……ち……」


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