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和州道中記
【その他 官能小説】

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和州記 -宵二揺ルル紫花--2

「一紺、かい!?」
「久しぶりや、姉さん」
「もう一年も経つからね」
彼女は言って、ちらりと竜胆に再び視線を移す。
その様子を見やり、一紺は言った。
「せや、こいつは竜胆。今、一緒に旅してんねん」
竜胆が軽く頭を下げる。
紅梅も笑みを浮かべて会釈を返した。

「驚いたよ、誰かいるのかと思ったら…ねえ。しかも女連れてさ」
「墓参りにな」
照れくさそうに頭を掻きながら一紺は言う。「墓参り」と言う言葉に、紅梅が微かにその笑みを翳らせた。
「…そうか、あいつがいなくなって…すぐにあんたが出て行ったんだっけね」
彼女は寂しげに言って、顔を俯かせる。
声をかけようと一紺が口を開くが――言葉が思い浮かばなかったのか、彼は小さく首を振って黙り込んだ。
「いや、湿っぽい話はよそうじゃないか。折角あんたが帰って来たんだ」
面を上げて気丈にそう言うが、笑みを作った紅梅の目尻は薄っすらと涙に濡れていた。
「縹の街へ出よう、ご馳走するよ」
この村にはもう何もないから、と紅梅は街へ出るよう二人を促した。
一紺と竜胆の二人は互いに顔を見合わせてから、彼女の誘いに乗った。


村から少しばかり歩いたところにある縹の街。
時は既に夕刻。
街と言うには些か狭く物寂しいが、店の軒先には橙色の灯りが灯り始め、酒場や茶屋へ向かう町人や旅人の様子が見て取れる。
紅梅が案内した茶屋は、そんな街の片隅――薄灯りの灯る裏路地にあった。
三人が茶屋へ入ると、派手な格好をした女達が出迎えた。

「やだぁ、可愛いーッ」
「一紺てば、やるぅ」
甲高い声で言いながら、楽しげに遊女達は竜胆の面を覗き込んだ。
彼女達は紅梅の茶屋の遊女達であった。見た目こそ派手だが、気安さはある。
他に客はいないらしく、食事と酒を並べられた茶屋で広い座敷に案内されるや否や、遊女達は一紺と竜胆を取り囲んで話し始めたのだった。
「それで、一紺とはどこまでいった?」
「馬鹿ね、こいつのことだから…相当遊ばれてんでしょ?竜胆ちゃん」
横目で一紺を見る遊女のひとりに向かい、一紺はぶっきらぼうに言う。
「何やねん。意地悪う言い方しよって」
竜胆はと言うと、少しばかり頬を赤らめて俯いていた。
こう言う場にあまり慣れていないせいか、表情は幾分か硬い。
「竜胆ちゃんも初めてが一紺なんて、ついてんだかついてないんだか」
そんな言葉に、一紺が反応する。
「山吹」
急に表情を強張らせて鋭く言う一紺。
山吹、と呼ばれた遊女はそんな彼の物言いに思わずたじろいだ。
「あのな…」
「一紺」
諌めるように、竜胆が一紺の袖を掴む。
「その…いいんだ。もう…気にしていないから」
「俺が気にすんねん」
不機嫌そうに一紺は言う。
実際、竜胆はもうあの忌まわしい過去のことなど気にしていなかった。
あのことを忘れさせてくれるくらい、一紺は自分を愛してくれた。
かえって気にする方が、一紺に申し訳ないとさえ思っていた。
しかし、一紺の方はそうではないらしい。
急に憮然とした表情を浮かべる一紺に対し、遊女達は互いに顔を見合わせて首を傾げた。
竜胆は苦笑を浮かべ、一紺の杯に酒を注ぐ。


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