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和州道中記
【その他 官能小説】

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和州記 -宵二揺ルル紫花--1

空を覆う、薄暗い雲。
曇った空の下、青紫色の花が秋風に揺れていた。
乾いた涼しい風は肌に心地良いが、風の音や葉擦れの音はどこか物寂しい。

寂寥とした村外れの墓地に、二人は立っていた。
墓地とは言っても、そこらの河原で拾った石に名が彫ってある程度の墓石が三つ四つ。
それでも手入れは良くされていて、一つの墓石の前には今し方一紺が供えた花とは別の花が既に供えられてあった。
白い菊の花と、一紺が手向けた薄黄色の菊の花が墓標を飾る。
背後で彼の背を見つめる竜胆は、風に吹かれて靡く暗緑の髪の乱れを気にしながら呟いた。
「肺の患い…だって言ってたか」
何も言わずに、一紺は頷いた。一息ついて、彼はいつになく寂しげな表情を浮かべて言う。
「人間て、脆いな。…幾ら強うなっても、患いひとつで死んでまうなんてな…」
「そんなこと、言うな」
竜胆は、一紺の袖をそっと掴んだ。
「村に行くんだろ?」
再び一紺は頷き、二人の旅人は村へと足を進めた。

一紺と竜胆の二人は、旅の途中でとある村に寄ることにした。
和州の中でも指折りの高さを誇る縹山(はなだやま)の麓にある、小さな村――深縹(こきはなだ)の村。
それは、一紺の故郷だった。
彼の父親代わりであり兄貴代わりであり、また剣の師匠でもあった男が亡くなって、一年と少し。
村とは山を隔てて反対側にある都まで来た二人は、折角だからと山を越え、男の墓参りをすることにしたのである。

「そう言えば、墓にあった白い菊。誰が供えたんだろう」
村への道を歩きながら、竜胆はふと独りごちるように言った。
「きっと、紅梅姉さんや」
一紺は迷いなく答える。
竜胆が、紅梅?と呟きながら首を傾げた。
「蘇芳…俺の師匠の女や。いや――女とは違うかな…」
彼にしてみれば母親…とはいかないものの姉のようなものか。
一紺が最後に言葉を濁したのが気になったが、竜胆はふうんと頷いて、畦道を歩く一紺の後を追う。
幾らも歩かぬうちに深縹の村へ着いた二人は、ひとまず一紺の家へと向かった。

「あれ…誰かおったんかな」
村の中で一番小さな小屋が一紺の家であった。
みすぼらしいと言えばみすぼらしいその家だが、一紺は入ってみて、一年も家を空けたにしてはやたら片付いていることに気付く。
もっとも、この家の様子なら空き巣にも入られないだろう――と言っても、もとより盗むものもない――が、不思議なのは床に殆ど埃が積もっていないことだ。
一紺が不思議そうに首を傾げた、その時であった。
「誰だい?」
艶のある、低い美声。
それが後ろから聞こえ、一紺と竜胆は同時に声の方を振り向いた。
所々ほつれてはいるが、結い上げた髪と紅をさした唇が艶かしい女がそこに立っていた。
気のせいだろうか。季節は秋にもかかわらず、ふわりと梅の香りが漂ったような気がした。
「紅梅…」
呟いたのは、初対面の筈である竜胆だ。
女――紅梅は少し驚いたような表情で目の前の女を見やる。
「…どこかで、会ったかい?お嬢ちゃん」
「いや、さっき俺が話したんや」
一紺が答えた。その言葉に紅梅は何とも懐かしげに一紺を見やり、相好を崩す。
艶やかだが、温かさも感じる優しい笑みだった。
一紺も、安堵したような表情を浮かべていた。


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