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嘆息の時
【その他 官能小説】

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嘆息の時-6

「愛璃ちゃんは、包容力のある人が好きなんだね」
「うーん、どうなんだろ? そうなのかな?」
「優しいだけじゃなく、ときには厳しく叱ってくれるような、兄貴っていうよりは父親タイプが好きなんじゃない?」
「あっ、そうかも!」
「おっと、たまには強引さも必要かな?」
「うんうん。沢木さんって、すごい分析力だね」
「そりゃあ、好きな人の事はしっかりと見てるから」
「えっ?」
何気なく言う沢木に、愛璃が言葉を詰まらせる。
「俺さ、ここんとこ……ははっ、ずっとダメなんだよ。何をしてても考えることは愛璃ちゃんの事ばかりでさ。俺に気がないってのは分かってるんだけどね。でもさ、どうしてもこの気持ちを誤魔化すことができなくって……だから彼女とも別れる決意をしたってわけさ。こんな気持ちで付き合ってても、彼女に悪いしね」
沢木の気持ちを黙って聞いていた愛璃が、驚いたように目をパチクリさせた。
「あ、愛璃ちゃん、ごめんな、突然へんなこと言っちゃって」
照れながらも、どこか悲しげな面持ちで沢木が俯く。
「わ、私……」
愛璃の胸に、するどい哀感が湧き上がってきた。
「沢木さんがそんなふうに想ってくれていたなんて……ぜんぜん気付かなかった」
「ははっ、当たり前だろ? ずっと隠してたんだから」
「わたし、沢木さんにずっと自分の事ばかりを相談してた……ごめんなさい。それに、私のせいで彼女さんと別れちゃったなんて……わたし、わたし」
憂いた瞳が、ジワッと涙を浮かべる。愛璃の肩は、小さく震えていた。
「あ、愛璃ちゃん……愛璃ちゃんが謝ることなんて一つもないさ。正直、恋愛の相談を受けたときは嫉妬したけど、それでも嬉しさのほうが100倍あったんだからさ。それに、彼女との事は自分で決めたことだ。愛璃ちゃんには関係ない」
沢木は、真剣な眼差しを向けながら強い口調で言った。しかし、心情は曇っていた。愛璃の顔に浮かんでいる悲哀感が、胸をきつく締め付けていく。
言わないほうがよかった……そう思いながらも、気持ちを吐き出した今となってはますます愛璃への恋しさが募るばかりだ。
沢木は、真顔で愛璃の顔を見つめた。
愛璃も、目を逸らすことなくジッと沢木の顔を見つめ返してきた。
その艶めいた眼が、沢木の魂を激しく揺さぶっていく。気付けば、沢木は愛璃の肩を掴んでいた。そして、反射的に抱き寄せていた。

(な、なに……なにやってんだよ、沢木!! お前、お前の好きな女って……そ、そうだったのか?……それに、ずっと相談してたって、どういうことだ……沢木、お前は滝川くんの気持ちを知っていたのか?)
わずかな隙間に眼を張りつかせながら、密かに聞き耳を立てていた柳原は愕然とした。
今ならまだ間に合う。愛璃を自分のほうへ向かせることが出来る。だから、早くここから出なければ―――柳原は、震える手で引き戸を掴もうとした。が、しかし、その眼に飛び込んできた光景に、身体が一瞬で鉄と化した。

「んっ……んんっ」
無防備な愛璃の唇を、不意にふさいだ沢木の唇。
愛璃が、驚いたような眼でジッと沢木を見つめる。
沢木は、ゆっくりと唇を離した。そして、もう一度愛璃の肩を抱き寄せてから小さく囁いた。
「愛璃ちゃん……ごめん。俺って、とんでもない卑怯者だ」
「……ううん、そんなことないよ」
「そんなことあるよ。同情を誘うようなこと言ってさ、愛璃ちゃんの優しさにつけ込んで……」
「……わたし、沢木さんのこと好きだよ」
「えっ?」
「でも、それが愛とか恋の部類と同じ感情なのかは……自分でも分からない」
「愛璃ちゃん……。俺は、今の俺は……愛璃ちゃんへの想いを抑え切れそうにない。だから、嫌だったら遠慮なく俺を拒んでくれ」
沢木の言葉を聞きながら、愛璃は拒む動作など見せずに黙って眼を見続けた。
だが、心の中は悲しみに溢れていた。
その悲しみの根源は、愛璃本人にも分からなかった。


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