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Memory
【純愛 恋愛小説】

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MemoryU-4

『ちゃんと最後まで送るよ。心配だし。』
俺は彼女の背中に声をかける。くるっ、と振り返った彼女は、相変わらず目にいっぱいの涙を溜めていたが、笑顔だった。
『相川君。そういう優しさは、本当の優しさじゃないんだよ。』
『えっ…??』
聞き返す俺に彼女は答えをくれない。
『じゃぁ今日のことは2人だけの秘密ね!明日からも、今まで通りよろしく。じゃあね〜っ!!』
笑顔を崩さず、手を振り、駈けていく彼女につられて、俺も軽く手を振ってしまう。
彼女の背中を見送りながら、俺の胸は浅倉と楓に対する罪悪感でいっぱいになった。


楓が病院へと移される日。楓の家は一段と静けさを増している。この家から笑い声が絶えてから一体どのくらいになるのだろう。静けさに押しつぶされそうになる心を抱え、俺は使用人の女性の後をたどった。楓は夕方に出発するので、時間はまだかなりある。

『どうぞ。』
使用人は俺を一階のバルコニーへと案内した。よく2人で絵を描いた場所だ。何も変わらない、そのガーデニングが施されたバルコニーと、昔の俺達がシンクロする。
『楓。』
イスに深々と腰かけた彼女は振り向かない。どこか遠くを見つめたまま、まばたき一つしない。
『今日でついにこの家ともお別れになっちゃうんだな…』
楓は視線を落とす。俺はそれを返事として受けとる事にした。
長い時間がゆっくりとしたスピードで流れる。いや、流される。小鳥のさえずりや、木の葉を舞い上がらせる秋風に変化はない。太陽の位置だけが時間の経過を教えてくれる。
身動き一つしない楓が心配になり、俺は彼女の手を握った。じんわりとした手の平の温もりだけが、彼女を人間として繋ぎ止めていてくれているようだった。
トントン。誰かが扉を叩く音で、俺は現実に引き戻される。
『そろそろお部屋にお戻りになりませんか?』
声の持ち主はあの女性の使用人だった。
『はい、今行きます。』
返事を返せない楓の変わりに、俺が答える。
『楓、部屋に戻ろう。』
軽く彼女の手を引くと、楓はよたよたとした足取りで立ち上がった。

楓の部屋の中は、やっぱり優しい花の香りがする。俺達2人は楓のベッドに並んで座った。以前の俺なら、このシチエーションよこしまなな考えしか抱きかねないが、もうそんな想いさえわいてこない。
楓は相変わらず無表情で、視線は宙をさまよっている。人間じゃない…俺はそう感じた。そして、腫れ物を見るように彼女を見てしまう自分の目が憎い。
俺は楓の手の甲をつねってみた。しかし楓は顔色一つ変えない。俺はますます手の力を強めた。それでも、楓は俺に見むきもしない。
むなしさと、真っ赤になった楓の手の甲が静けさの中に残った。
『楓…ごめん。』
真っ赤になった彼女の手の甲をさする。楓が人としての温もりをどんなに忘れようとも、愛しさは止まらない。
『楓…なぁ、楓。』
俺は彼女の両肩を掴み、ガックリとうなだれる。
『…もう一度でいいから笑えよっ…。お願いだから…。俺、このままじゃ寂しくて死んじゃいそうだ。』
楓は答えない。静かに、冷めた目で俺を見つめている。

楓の目の光はどこへ消えた?
笑い声さえも寄生虫は飲み込むのか?
温かいのに、ロボットみたいに冷たい。もうこの小さな体から奪えるものは命だけだろう。

俺は小さく息を吸い込む。
『ちょっとトイレいってくるわ。』
彼女に背中を向けた瞬間、俺の瞳から涙がこぼれ落ちた。


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