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Memory
【純愛 恋愛小説】

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Memory-13

涼介に背を向けていた私の顔は、涙でグチャグチャだった。
『あは…これでいいんだよね…。』
ソファに身を任せ、ずるずると床にへたりこむ。
私の胸には、ポッカリと大きな穴が空いていた。
『りょぉ…すけぇ…。』
情けない声をあげる。本当に自分が情けなかった。涼介との記憶までかすかに曖昧になってきた自分が。もうすぐ死んでしまう自分が。
とめどなく流れる涙は、私の服を濡らした。熱くなった胸に、しっとりと冷たい感触が広がる。
本当は今別れる事が正しいかなんて、分からない。けど涼介を好きになる度、どんどん死ぬのが怖くなってくる。胸が痛いくらいしめつけられる。
それに苦しむのは、私だけじゃない。一番現実を受け止めなきゃいけないのは、他の誰でもない、涼介なのだ。私のワガママだけで、涼介の人生を壊しちゃいけない。私はそう何度も自分に言い聞かせた。

うつろな視線で、今し方涼介が出て行った扉を見つめる。けれど、すぐに視界は涙で霞んみ、ほとんど見えなくなってしまった。

……ねえ、これでいいんだよね?
私間違ってないよね?

もうろうとした意識の中。ふと涼介の顔が浮かんできて、やっぱり凄く好きだなって思った。

どれくらい時間が流れたのだろう。私は外の雨音で目を覚ました。伏せていた顔をあげると、時計は11時をさしていた。つまり、あれから2時間以上経っている。
『凄い雨…。』
寝ている間に雨が降り始めていたようで、雨粒がガラスを叩く度に、けたたましい音を部屋に響かせている。
『!?…涼介は!?』
辺りを見回しても、涼介がいる気配はない。どうしよう…この雨なのに…。
テレビをつけると、『高波に注意』なんて天気予報で告げられている。何だか凄く不安になってきた。
『ちょっと見に行ってみよ…。』
私は一人つぶやいた。
風がレインコートをバサバサとあおる。真っ黒な海は星のない空の暗闇と見分けがつかない。
涼介はどこまで行ったんだろう。…まさか波に飲まれたなんて事ないよね…。
様々な不安が脳裏に浮かぶ中、ふと人影のようなものが視界をよぎった。おそるおそる目を凝らしてみると、案の定それは涼介だった。涼介は砂浜に座りこみ、雨も風にも身じろぎ一つせず、じっと真っ黒な海を見つめている。安堵が溢れると共に、何と声をかけていいのか分からなくて、私はとまどった。
『風邪ひくよ。』
ようやく喉の奥から言葉をひねり出す。
涼介は驚いたように一度私を振り返り、すぐに視線を海へと戻した。
『大丈夫だから。楓は先帰っといて。』
当然ながら、涼介の対応はそっけなかった。
…一緒に帰りたい。…本当の気持ちなんて言えない。私は何も言えず、ただうつむいて、自分の足下を見つめた。
『…分かった。』
やっと言えた一言。なんだか凄く泣きそうになる。でもこれでいいんだ…これで。明日、バイバイって手を振り、背中を向けた瞬間、私達の恋は終わる。そしてそれはおそらく永遠の別れとなる。それでいい、それが一番いいんだ。
私がきびすを返した、その瞬間。涼介が口を開いた。
『俺は…まだ奇跡を信じてる。』
『え…?』
私は立ち止まり、再び涼介を見た。私に相変わらず背中を向け、うつむいている。気のせいか、肩は小刻みに震えていた。
『俺は…俺は…どこかで信じてる…。もしかしたら奇跡が起こって、楓の病気が治るんじゃないかって…寄生虫が溶けて消えてしまうんじゃないかって…。』
うつむいた顔を涼介は持ち上げた。そして息をついてから、ゆっくりと言った。
『…もしかしたら、これからもずっと一緒にいられるんじゃないかって……。』
私の心は大きく揺れた。涙が溢れ出す。溢れ出た涙は雨粒と共に、風がさらっていった。
『バカだよな俺。……ごめん、ごめんな。こんな事言ったって楓を困らすだけだなのに…。』
彼はそう言って、ガクッと頭を落とし、うつむいた。
『涼介。…あたし…っ。』
私はどうしてよいかも分からず、想いが言葉にならない。
『本当にごめん…。…頭冷やす。もう帰っていいよ。』
私の耳に、もう涼介の言葉は届かなかった。
想いが、迫り来る荒波のように、私の胸にじわじわと押し寄せる。もうダメだ…そう思った瞬間、気づけば私は走り出していた。ダメだと分かってはいたのだけれど、止められなかった。そして、ただ無我夢中に涼介に抱きつく。
涼介は一瞬固まっていたが、すぐに私を抱きとめてくれた。


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