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願い
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願い-8

「あっ」

『あっ』

 小さく声が漏れると同時に少年の足はズルリと橋の底板から滑り落ちた。落ちた、と思った瞬間に少年は支えのロープを掴み取りあわや最悪の状態は免れた。けれど少年の細腕ではあと数分と持たないだろう、現に少年の片腕はプルプルと震え限界が近いことを窺がわせる。私を放して両手で掴めばいいものを少年は決して私を離さなかった。
 自身の命が窮地であるこの時にさえ、この少年は弟妹の身代わりだった私を放すことの出来ない優しい心の持ち主なのだ。

『あぁ責めてあと一人分、誰かこの少年に力を貸して!』

 私はその時初めてこの少年を助け出せる「腕」が欲しいと思った。



 少年は二日後に川べりで見つかった。
 人形を抱いて眠るように、それが余りにも穏やかな表情だったので死に顔には見えなかったと発見者の男は呟いたという。
 更にその翌日、崩壊した橋の向こう側に事故によって亡くなったであろう父親、そしてまだへその緒も繋がった生後幾日も経っていないであろう赤ん坊の亡骸を抱いた母親が事切れていたそうだ。

 少年の遺体が回収される際に、私はもう力の入らない少年の手をすり抜けた。
 警察が撤収すると同時に現れた胡散臭い男が私を拾う、そうして私は少年が切望しながらも辿り着けなかった街へとやってきた。
 「持ち主には死が訪れる呪われた人形」それが私につけられた名前。 
 胡散臭い男は物好きな露天商で、露店の隅に私を飾る。通りすがりの人達は私を一瞥してから汚らわしい物でも見るように顔を歪ませ去っていく。
 そんなある日、一人の通りがかりの若い女性が私をジッと見つめそのまま男に話しかけた。

「おじさんこの人形は売り物かしら?」

「一応ね、まぁ其処に書いてある通り買うなんて奴はいないがね」

「ふーんじゃあ私が買うわ、幾ら?」

「いいのかい?」

「いいのよ」

「どうなっても知らないよぉ」

 男のジトリとした目線を一蹴して金を払うと女は私を抱えて街を歩きだす。

「今日から宜しくね!私はマリア……って言っても勝手に自分でそう呼んでるだけなんだけどね」

 そう言って笑う女は、私に似ていると思った。
 顔や体系ではなく、瞳が。周りを世界を呪うような濁った瞳が私にとても似ていた。


 彼女の寝床は安い場末の宿だった。スプリングがとうの昔に壊れたような音を立てるベッドが一台、それだけで部屋の殆どが埋まってしまっている小さな部屋、その窓辺に私は置かれた。

「呪われた人形ねぇ……中々可愛い人形なのに残念ねアナタ。いったいどんな人生歩んできたのかしら?きっと波乱万丈ってやつね。まぁ私も波乱万丈さなら負けてないけどね」

 そう言って私に笑いかけると、コホンと小さく咳をしたあとに

「人形に話しかける女なんてファンシーな女だと思わないでね、だた話相手がいないからよ、誰一人ね」

 そう呟く女の表情は笑っていたが何故か寂しさを含んでいた。
 口減らしの為に養子に出されるも養父母達と反りが合わず虐待を受け、逃げ出す様に記憶を辿りながら生家に戻ると家の跡形すらなく、行方も分からない。養父母も元には戻れる訳もなく、それからは独りで生きてきた。そうやって自分の生い立ちを語る女の瞳には絶望が浮かんでいる、私はそう感じた。
 環境は違えども心境は同じ、ならばきっと女も私と同じ道を辿るだろう、そんな私の予感が当たるのはそれからひと月後の事。


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