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《The pretty devil》
【少年/少女 恋愛小説】

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《The pretty devil》-2

俺は独り、屋上の給水塔の上でラッキーストライクを吹かしていた。天気は良好。このまま昼休みまで仮眠を摂るのも悪くない。と言うか、帰ろうかな。
俺が学校をサボるべきか否か思案に暮れていると、下方で扉が開く音がする。俺の孤独な休息を妨害するとは、誰だ?
俺は給水塔の縁から身を乗り出し、下を覗き込む。扉から出て来たのは、端整なルックスの男子生徒だ。上履きの色は赤。三年らしい。俺が興味を失い顔を引っ込めようとすると、その男に次いで新井紀子が現れた。
成程、分かり易い構図だな。美男が校内一の美少女を、ひとけのない屋上に呼び出すとすれば、取るべき行動は只一つ。
案の定、男は緊張と期待の交錯した笑みを浮かべ、新井に告愛の言葉を弄し始める。馬鹿め、悪いが結果は見えている。お前の手に追える女じゃないぞ。
新井は男の言葉を聞くと、恥ずかしげに顔を伏せた。堂に入った演技だ。やがて、偽りの罪悪感で取り繕った顔を上げると、何事か謝辞を述べ、ペコリと頭を下げる。
男は衝撃も現わに傷心の表情を浮かべたが、数瞬後には笑顔で甘いマスクを彩った。
新井に対する配慮だろう。全く健気で感服するな。
凡庸な女子ならば一秒で恋に落ちそうな笑顔を残し、男は校内へと戻っていく。
後に残された新井は、一仕事終えましたと言わんばかりに溜め息を吐き、漆黒の長い髪を優雅に撫で上げる。そして、何の予備動作もなく斜め後方のさらに上を振り替える。完璧に俺と目が合った。あの女、俺が見てる事に気付いてやがったな…。
新井は給水塔へ歩を進め、梯を昇ると、俺の横に腰を下ろした。
「どうよ?アカデミー賞ものだったでしょ?」
新井は下らなそうに言葉を吐き出す。
「俺以外にも観客が居ればな」
俺は言って、ラッキーストライクを一本、新井に差し出す。新井はそれをくわえ、俺はターボライターで着火してやる。
「今月に入って三度目よ?うんざりするわ」
新井は娼婦のように艶めかしく吐息を吐いた。鬱と紫煙の入り混じったその色香は、十七歳のそれではない。
「頭悪いよね。初対面でさ、好きだから付き合って欲しいとか言われて、はいOKです。なんて言わねぇよ普通」
新井はそう言うが、あのレベルのルックスの男なら、普通の女は二つ返事でOKするだろう。まぁ、この女に普通の感覚を望んでも詮無き事だ。
「お前が誰とも付き合おうとしないお陰で、男子からの人気が上昇する一方なんだろ」
「その分、女子からの人気は下降する一方よ」
「ブスが妬んでるだけさ。お前が気にする事はない」
俺は幾分、穏やかに言った。新井はラッキーストライクを靴裏で踏み消し、何処か自嘲気味に返す。
「克也はさ…二人きりの時だけは、優しいよな」
因みに、新井が俺を克也と呼ぶのも、また然りだ。
「化粧の濃い女は好きじゃない。素っぴんが一番だ」
「馬鹿の告白より、その言葉の方がよっぽど嬉しいわ」
新井はそう言うと、制服が汚れるのも気にせず、仰向けに寝転んだ。
「最高の天気ね。これから一眠りするには最適」
「仮にも優等生だろ。サボったら権威が地に堕ちるぜ?」
「その辺は抜かりないわ。アンタが、腹痛が痛過ぎて独りじゃ寂しくて泣きわめくから、仕方なくアンタが眠りに就くまで、私が側で付き添っている。そういうシナリオで伊藤のじじいに話しをしてあるから」
俺が泣きわめくだと?信憑性の皆無な話しだ。それを鵜呑みにするとは、あの老いぼれ教師も限界だな。
「ねぇ…知ってる?克也もさ、割りと女子から人気が在るのよ?」
何を思ったか、唐突に新井は話題を変えた。
「クールで危なげな雰囲気がたまらない。だそうよ。クールだって。笑っちゃうわ」
何故か新井は苛立っていた。
「俺もお前と同じだ。凡庸な大多数の人間には興味がない」
新井には黙っていたが、俺もこの学校に入学してから、新井程ではないにしろ、ラブレターという俗な物が下駄箱に入っていた経験が在る。それはこっそり廃棄して問題ないのだが、困るのはバレンタインデーだ。甘ったるいのは駄目なのに、何故かその日だけは直接渡してきやがるから始末に終えん。
「じゃあさ、こうやって、非凡なマイノリティの私等二人が一緒に居ることが知られたら、学校中が大騒ぎ?」
「そんな由々しき事態が起きたら、俺はもうこの学校を歩けない」
新井は笑った。それは他の奴に見せる笑顔より、遥かに自然で美しかった。


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