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《SOSは僕宛てに》
【少年/少女 恋愛小説】

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《SOSは僕宛てに》-16

 その後も僕たちは、他愛なく凡庸で些細な、しかし、仄かな光の在る日々を送った。瀟洒な邸宅の門前で、つたない言葉を交わし合い、闇が落ちれば、一条の光明を探すように、手紙に込めた言葉に互いの温もりを求めた。因みに言うと、例の茶髪の彼とは友人関係を築いた。いや、友人とは本来「作る」ものではない。自然と成立するものだから、築いたと言う表現は適切ではないだろう。いつか、僕は彼(怜治)の言葉を否定したが、今の心情を素直に鑑みれば、いわゆる、恋人関係を翔子との間に育てようとする意思も在ったのかもしれない。でも、強く意識した事はなかった。素直に、彼女との細やかな日々を、消え逝く時を悼む夕凪のように慎ましく、穏やかに見送ろうとしていた。そして、明日という一日を、恋焦がれるように待ち侘びていた。しじま包む夕凪の先に何が在るのかは、分からない。けれど、着実に、手探りで前に進もうとしていたのは確かだ。その形として、僕等が再会して二度目の日曜日、二人は街へと出た。そのほんの些細な出来事は、僕に取って、そして彼女に取っても、大きな意味を抱いた一歩だった。
 紳士を気取るつもるだったのか、僕は待ち合わせ時間の十分前にその場所に着いた。余裕を持ちたかったのかもしれない。しかし、やはりと言うべきか、すでに翔子も待機していた。彼女らしいと言えば、彼女らしい。控え目では在るが、決して地味ではない楚々とした服装に包まれた彼女は、元来の精緻な美貌も合い俟って、大人びいた印象を釀し出していた。悪くすれば、僕の方が年下に見られるかもしれない。流石は元バスケ部のマドンナと言った所か。
「お早い到着で」
翔子は僕を見て、その顔に笑みを象りながら言った。
「そっちこそ。いつから来てた?」
「三十分位前。人を待つの、好きなんです」
翔子はそう言って辺りに視線を這わせた。
「ホントはもう少し早くに着きたかったんですけどね。此処に来るのは初めてで、少し迷いました」
田舎から上京して来たばかりのように、物珍しそうに瞳を輝かせた。
 繁華街。と呼べる程ではないにしろ、それなりの喧騒と、それなりの数の店舗がひしめき合う、街の一角。雑多な想いの交錯する街並みを、二人は肩を奇せ合い歩いた。微笑みは、絶える事はなかった。この日の計画は、手紙ではなく、口頭で交わされた約束だった。新たな一歩。僕は夜明けを待つ朝凪の体言者のように、焦がれてこの日を待っていた。翔子もそんな期待を抱いていてくれたらな。と思う。いつものように他愛のない言葉を奇せ合う内に、最初の目的地で在る本屋に着いた。デートにお決まりの場所ではないが、僕たちは日常的に本を読んでいたし、初めて僕たちが言葉を交わしたのは、本屋だった。その点では、新たな一歩を踏み出す場所としては最適に思えた。店内に入ると、僕等は迷わず小説の並ぶ場所を探した。今昔東西、品揃えは驚く程豊富だった。「こういう大きい本屋って、目移りしますよね」と翔子。
「確かに。めぼしい本を探していたら、切りがない。まだ上映まで時間は在るし、ゆっくり見ようか」
と僕。二人は飽きる事なく、整然と並ぶ本を物色した。
 僕としても、これ程大きな本屋に来るのは久しぶりだった。小学生の頃に読んだ、ヘルマン・ヘッセの『車輪の下』を見付けた。当時、この本を読んで友情の尊さを感慨深く思ったものだ。昔は愛読していたヘミングウェーの『老人と海』も見付けた。僕が初めて読んだノーベル文学賞作家の本だ。懐かしく想いながら日本人作家の棚に移る。貴志祐介の『青の炎』。僕が読んだミステリー小説の中では不動のNo,1に輝く小説だ。翔子の言う通り、本屋に来ると目移りする。他にも、大衆文学から純文学まで目を通し、もう一度海外作家の棚に戻った時、そこに翔子が居た。ゲーテの『若きウェルテルの悩み』のページをめくっている。
「名作だね。まだ読んだ事なかった?」
「…古典文学には疎くて」
翔子は活字を追ったまま言った。
「その作家なら、『ゲーテ格言集』も興味深いと思うよ」
「………うん…」
僕の推薦に、翔子は気の抜けた返事をした。どうやら、立ち読みでも熱中できるタイプのようだ。僕は苦笑する。
「どこが目移りしてるんだ?」


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