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和州道中記
【その他 官能小説】

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和州記 -或ル夏ノ騒動--11

「…?」
どこからか、泣声が聞こえた。
「どっかのガキが、叱られでもしたのか?」
鳩羽が言い、一紺が首を傾げる。
辺りを見回しながら二人は、その泣声の主を探した。
「り、竜胆!?」
声の大きくなる方を歩いて行ってみれば、そこで竜胆が顔を伏せて嗚咽を漏らしていた。
慌てて駆け寄り、彼は竜胆に訊ねる。
「ど、どないしたん?気分でも悪い…」
竜胆は激しく首を横に振って一紺に抱き付いた。
一紺は彼女を抱き留める。
泣きじゃくりながら、竜胆は彼の腕の中で言った。
「…いだった…」
「え?」
「ただの…勘違い、だった…」
「………」
沈黙が流れる。
やれやれ、と鳩羽は溜息交じりに呟くと、笑みを浮かべて肩を竦めた。
彼女の言葉の意味がようやく分かった一紺は、脱力したように竜胆に身体を預け――そして力強く抱き締めた。
「な、なんや…良かった…!」


「ま、ひとまず安心…なんだろうけどな」
宿にて。
鳩羽はそう言って、顔色の良くない竜胆の顔を覗き込んだ。
見知らぬ男に竜胆は不安げな表情を浮かべる。
「吐いたっつうのは本当なんだろ?ちょいと見てやるから、一紺、外行ってな」
その言葉に、一紺は素直に頷いた。
彼は竜胆に、この男が昔馴染みであることと医者であることを簡単に告げる。
それを聞くと、彼女も安心した様子で鳩羽に頭を下げた。

「――虫か何かから毒をもらった記憶はねえか?」
一通り竜胆を診た後、鳩羽が言って顎をしゃくった。
「身体が弱ってるせいもあると思うんだが」
薬箱を漁りながら、言葉を続ける。
「この時期にゃ軽い毒を持った蛇や蜘蛛がうろうろしてやがんだ。知らずのうちに毒をもらっちまうこともある。大抵は暑気中りと勘違いしちまうんだけどな」
放っておいたらまずい場合もある、と鳩羽。
竜胆はふと、一紺が蛇に噛まれたことを思い出した。
噛まれたのは一紺だが、毒を出したのは自分である。
あれが、もしかしたら――。
そう考えているうちに、鳩羽が竜胆に小さな包みを握らせた。
「薬だ。食欲がねえのが一番悪いから、とにかく何でも食うんだな」
「ありがとうございます。それで、あの……」
竜胆が躊躇いがちに口を開いた。
「診てもらって申し訳ないのですが、その……お金がなくて。薬も」
言って薬の包みを返す竜胆の手を、鳩羽は手で制した。
「誰が金がいると言ったよ、お嬢さん。あいつぁ、俺の弟みたいなもんなんだ」
「弟の女が参ってるんだ。ただで診ないわけにゃいかねえだろうよ」
言って、鳩羽は竜胆の肩を軽く叩いた。
「不謹慎な話だが、俺はあんたが臥せってたのを嬉しく思うぜ」
その言葉に竜胆が訝しげに首を傾げる。
笑いながら、鳩羽が言った。
「あいつ、医者を呼ぶ金をつくるために剣闘場に来てな」
「一紺の奴、剣闘なんかやったんですか」
自分を助けるためとはいえ、賭博は賭博。
竜胆が少しだけ怒ったような声で鳩羽に迫った。
まあまあ、と両手を上げて鳩羽は苦笑する。
「俺はちょいと剣術も齧っていてな。まあ、剣闘は腕試しみたいなもんだから、参加してみたわけだ。そうしたら、俺に挑戦する形で一紺がやってきてな」
それで、と竜胆は話の先を促した。
鳩羽は豪快に笑いながら言う。
「あいつに剣を教えたのは、あいつの育て親と俺なんだ。俺からしてみりゃあいつはまだまだひよっこさ」
驚いたように竜胆が目を瞬かせた。
彼の剣の腕がどれほどのものかは、常に側で見てきた竜胆は十二分に知っている。
並大抵の強さではないのだ。
その一紺を負かすとは。
「それでな、事情を聞いたら、剣闘に参加したのは女を医者に診てもらうためだって言うじゃねえか」
言って鳩羽は肩を竦めた。


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