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銀色に鳴く
【純愛 恋愛小説】

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銀色に鳴く-3

放課後になるとまずグラウンドの方が騒がしくなり出す。野球部が大きな声でストレッチを始め、サッカー部のアップを促す掛け声が響く。気分が高揚する様な歌みたいに、それは確信的な親密感を持って僕の耳に届いた。
屋上から見える景色は、どこか恋に似ている。不安定で、可笑しく、なにより美しい。人々の日常がいりまじりながら科学反応を起こすその様子は、これからの僕を示しているみたいに真っ赤だった。
ガチャリ、と音がする。
それが合図だったかの様に野球部とサッカー部は静かになって、不可思議な世界を作りだした。
夢現。
曖昧な未来と過去。
――そんな感じ。
そんな世界に現れたのは、銀縁の眼鏡が良く似合う素敵な女の子だった。
そう。 彼女が田中真琴、なのだろう。
「お、お待たせ、しました」
台詞の途中で言葉がちぎれた様に話すその声は、とても綺麗だった。
「は、は、はじめ、まして。田、田、田中、真琴っていいいぁ言います」
緊張しているのか、上手に喋れずにドモってしまっている。
「あ、あああの、手紙……」
「―――うん」
瞬きをすると運動部の声が邪魔な程はっきりしてくる様な気がして、僕は動かずに答えた。
「これだよね?今朝、下駄箱に入ってた」
「そ、それ、わっ私が、入れたん、で……す」
彼女の肌が朱色に変わっていくのは、夕陽のせいだけでは無いのだろう。頬は紅色を彩り、耳は映える様な赤をしていた。
「それで、その―――僕に様がある、って事でいいのかな?」
彼女の言葉は、喉元を過ぎた辺りで行き場を失った様に、小さかった。
「――はい。大切な事が……とても大事な事を、伝えに来ました」
何かを決めたらしいその様子は、僕にとっては大いなる美徳になり得る素敵な仕草だった。
「好き―――なんです」




自然で、かつ端的なその表現は、しばらく間、僕の心を打ち続ける事になる程の破壊力と衝撃を持っていた。あるいは、僕の心を破壊していたのかもしれない。
僕はその場に立ち続ける事しか出来ずに、彼女の頬はますます紅さをましていく。
「あああああぁあああの、その、えと、なんていうか、えと、えと、ううぅぅあああぁえっと、えっとぉぉ」
何かを思いだしたかの様に慌てふためき出した彼女。 それでも僕の破壊された心は反応できないでいた。




予感が、無かった訳では無い。
下駄箱を開けた瞬間から、こうなる事は充分に予測できた筈だった。実際に、僕は放課後に起こる事に対して思案を巡らし、授業をサボっていたのだから。
それでも僕の中で何かが音をたてて壊れた。
泣きそうになった。
「ぅぁ、あ、あの、あの、えと、突然、その、す、すみ、ませんでした」
「―――ううん、かまわないよ。ありがとう、嬉しい」
「で、でも」
「大丈夫。ありがとう」
僕らには、僕らを間には、きっと親密になれる不思議な力があって、互いを引き合ったその力にゆだねる事は心地よかった。
僕は僕の出来る限り力を抜いてその流れに全てを任せ、絶え間無く好感的な二人の空間をさまよった。
彼女は返答を促す様な事はしなかったし、僕も答えを急ぐ必要を感じなかった。
「――うん、わかった。きっと、僕らが恋人同士になるにはまだまだ時間が足りないんだと思う」
「そ、それって…?」
「うん、つまりね、つまりさ。僕はたぶん、君の事を好意的に感じてるんだと思う。君は素敵だし、可愛いし、魅力的な女性だ。でも――だからって急に現れた君と恋人になれる程、僕は完成された人間では無いんだよ」
「―――?」
「わかってもらえ無いかも知れないね。けれど、個々が持つ特別な思考回路は、それこそ特別なロジックがなければ解けないものなんだと思う」
つまりは、僕には過去を簡単に断ち切る事が出来ないって事。
僕は、弱い人間だ。
「だからさ。その…なんていうか」
「―――うん。わかった」
そうやって彼女は、僕が話し終える前に肯定の言葉を出した。一瞬だけ、けれど直ぐに立ち直った彼女の眼には涙があった気がする。

それを見ていると、僕は泣きそうになった。
―――僕は、弱い人間だ。





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