飃の啼く…第２２章-12
「それは良い。子供とばかり飯を食うもんでな、たまには酒と話し相手が欲しくなる。」
そして、豪快に足音をさせながら先に家へ帰っていった。
「どーせ子供ですよぉ。」
おじいちゃんの憎まれ口が大好きな私は、そういいながら笑っている。そして、私の横に歩いてきて膝を突いた飃も笑っていた。
「痛っ！」
消毒液が、裂けた顔に浸みた。
「全く…まるで山猿の取っ組み合いを見ているようだったぞ。」
飃にまでおじいちゃんの癖が伝染している。あ、これは元からか。でも、彼の声が浮かないのは、私がいつまでも辛気臭く悩んでいたからだろうか。
「えへへ…。」
“山猿”はともかく、言い返す言葉もないので、笑って言う。
「でも、スッキリした。なんか、ずーっと心の中で歯車があってなかったのが、ガツンとやられてようやくしっくり来た感じ。」
「そうか…。」
「私ね…。」
甲斐甲斐しい飃の“治療”が終わると、言った。
「私…久しぶりに自分のために怒ったような気がするんだ…。」
飃は黙って聞いていてくれた。
「“自分のため”とか、“自分らしく”とかって、すごく自分勝手に聞こえるし、そういう言葉なんだと思ってた…」
あの瞬間、慶介の目を睨みつけた瞬間、私の頭の中に燃えていた炎は、私の意志だけを燃料に燃えていた。誰に義理を感じることもなく、誰の死に悔恨を抱くこともなく。
「でも、案外大事なものだ、ね。」
そう言って、あははと笑った。飃は微笑むだけで、何も言わなかった。そして、私の頭をそっと撫でた。
「さくら…。」
「ん？」
「……すまなかった。」
「え？何―。」
言い終わらないうちに、飃が頭を下げた。私に対して、こんなに深く。それが、とても冷たく、それとも熱く…私の心臓をえぐった。
「お前に…死ぬ覚悟を抱かせてしまうような…宿命に引きずり込んだ事を…許してくれとは言わない…己は…。」
言葉と、自分の心臓の音だけが耳から入ってきた。後はまるで静止画のように、動かず…私は目を見開いたまま、自分の腰の辺りにある飃の後頭部を見つめていた。