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Larme
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Larme-3

雪の中、こちらに向かう人影をみた。
僕は走り、木の陰に隠れる。
ガサガサと、なにかの音がする。
一体、誰だろ?
確かめようにも、顔は出せない。
…僕のファンは日本中にいるけれど、この街には、もういない。
「…宏暁」
彼女が呟く。
それは、聞き憶えのある声。
陰から覗いて見ると、彼女もまたINNOCENCEのベストを持っていた。
「…夏名?」


事務所のソファーで仮眠を取る僕を起こしたのは、マネージャーの怒鳴り声だった。
ドアを開くとそこには、うつ向く哲明、真っ赤な顔をしたマネージャー、哲明をかばう純一に、ソファーに座る尚人が居た。
「…いったい、何が」
僕が目をまるくしていると、純一が答えた。
「…哲明の、声が出なくなったんだ」
「は?」
僕は、しばらく話がのめかった。
哲明が喉を痛めた原因は、カラオケで飲みながら歌い続けたせいらしい。
でも、なぜ?
いくら哲明でも、そこまでバカではないはずだ。
そんな事をしたらどうなるかなんて、簡単に予想がつく。
…まさか、
「全く、カラオケになんか行かなくても、毎日いやと言う程歌っているだろ」
マネージャーの嫌味に、哲明は、下を向いて黙っていた。
「…一週間休みだ」
不満そうにマネージャーが言う。
尚人は立ち上がり、僕の肩を叩いた。
「行くぞ」
尚人は、バイクを出し、僕は後ろに乗った。
東京駅に向かう高速道路で、尚人は僕に言った。
「…バカだよなぁ哲明も他にいくらでも方法はあるのに」
「…あぁ」
僕の目には、うっすら涙がにじんでいた。
駅に着くと、勇平が切符を持って待っていた。
「行って来い」
…尚人と勇平が僕を見送る。
僕は、涙を必死に堪えていた。
いつだってそう。
僕は、INNOCENCEに、…みんなに守られていた。
新幹線の窓に額をくっつけ、僕は静かに泣いていた。


「…やっぱりこれ、宏暁だったんだ」
夏名は僕が持って来たアルバムを指してそう言った。
僕は、黙って首を縦に振る。
「…大変だったんだからねあの後」
夏名は、笑顔を作りながら、涙を浮かべていた。
「…INNOCENCE誰も来ないんだもん」
「…ごめん」
「私に謝ったって、仕方ないじゃないっ! …もう、」
夏名の目からは涙が溢れ、肩は震えていた。
「もう、どうにもならないんだから…」


僕が青森に着いたのは、その日の夕方だった。
それでもよかった。
日付さえ変わらなければ。
11月14日
きっと、哲明は、この日を狙っていたんだ。…今日は、あずさの誕生日だから。

東京を出る時に、とても急いでいたけれど、それでも、財布の他にもう一つ、大事に握りしめて来た物がある。

病院に着いた僕は、それをあずさの掌に乗せ、きつく手を握った。
「…結婚しよう」
僕は手を離し、あずさは、ゆっくりと握った手を広げる。
あずさは、それを見つめ、涙を流した。
僕は、あずさの手を取り、それを薬指にはめる。
今にも滑り落ちそうなそれを、あずさは大事そうに握りしめた。

指輪のついた左手で僕の手を握りながら、あずさは、ゆっくりと目を閉じ、そのまま目を覚ます事はなかった。
面会時間も夕食の時間も過ぎて静まる病院に、ナースコールが虚しく響き渡るのを感じた。
僕らの約束は、果たされぬまま…

僕は、溢れる涙を止める事が出来なかった。
ちょうど、『あの日』のあなたのように。
窓の外には、この冬最初の粉雪が舞い始めた。
あずさは、雪が好きだった。
深く白い雪が。
この街の、美しい雪が…

僕は、何かに取り憑かれたように、麻梨さんの喫茶店に向かって走っていた。


あずさと夏名に背を向けた僕は、誰にも気付かれないように、街の外れに向かった。
…街が一望出来る、あの場所へ。


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