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『彼方から……』
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『彼方から……』-5

「ポチ……あたしに甘えなくていいんだよ。あたしはね、あなたのご主人様を殺しちゃったの……だから、憎んでいいんだよ。呪ってちょうだい……」

か細い声でぞっとするような台詞を零しながら、美宇は頭を撫で続ける。

『ふざけるなっ!!美宇!俺はお前に殺されてなんかいないんだ!!もうやめろ……頼む、自分を責めるのはやめてくれ……』

ありったけの声で俺は叫んだ。だけど俺の声は届いていないのか、美宇からの反応はない。

『俺の声は届かないのか?なぁ、美宇……俺はな、お前を助けられて満足なんだよ。死んじまったのは残念だけど、これっぽっちも恨んじゃいないんだ。』

どんなに声を枯らしても、蚊の羽音さえも俺の声は届かない。もどかしくて気が狂いそうだ。こんなにもすぐ傍に居るのに俺は何も出来ない。

どうすればいい?
どうすれば伝わる?

わかってくれよ美宇。俺は幸せだったんだよ、お前を好きになれて……

お前を守るコトができて……

その時だった……

ポチの顔がこっちを向くと、じっと俺を見つめ始めた。何かを伺うようにポチの瞳は俺を見つめる。

『ポチ……お前、まさか俺が見えるのか?』

その声に応えるように、ポチは一際大きな鳴き声をあげる。そして美宇の傍から離れてはしゃぐみたいに俺の足元に駆け寄って来ると、いつものように頭を擦り寄せた。

けれど、実体を持たない俺に触れられる筈もなくポチの頭は足を擦り抜けてしまう。それでも何とかじゃれようとポチは何度も何度も繰り返す。そんなポチの不思議な行動を美宇はぼんやりと見つめていた。

『ポチ……ごめんよ。』

健気に触れようとするポチに、俺はそんな風にしか答えられない。やがて、足元にじゃれるのが無理な事がわかったのかポチはこっちを見つめて悲しそうに鳴いて、俺の目の前に寝そべると仰向けになるみたいにお腹を見せた。

それは紛れも無くポチが俺だけに見せる、お腹を撫でる事を要求するポーズ。

『ポチ……』

俺はゆっくりと膝を折ってポチのお腹に手を宛てようとした。でもやっぱり、その綿毛のようなほわほわしたお腹に触れる事なく俺の指は擦り抜けてゆく。

「ミャ〜ン、ミャ〜ン」

いつまで経ってもお腹を撫でてもらえないポチは、起き上がって鳴くと再び寝そべってお腹を見せる。そんな動作を幾度となく繰り返し続けている。

『ダメだ……ダメなんだよポチ。俺は撫でてやれないんだ……ごめんよ。』

初めて肉体が無い事を悔しいと思った。想いを伝えるコトも出来ず、触れるコトさえ出来ない……

「か……つき?」

不意に耳に飛び込んだ声に俺が顔を上げると、大きく目を見開いて美宇はこっちを見ていた。

『美宇……俺だよ。』

「克樹……そこに……いる…の?」

『…ああ…』

「ねぇ、そこにいるんでしょ?答えて……答えてよぉ!!克樹ぃ!!」

違った……

美宇の目も耳も俺の存在に気付いた訳じゃない。ただ感じたんだきっと……

ポチの甘える仕種、そして俺だけに見せる行動を見て。

「どうして…答えてくれないの?あたしのコトを恨んでるから?」

微妙にズレた方向に向かって美宇は呟く。その瞳からは涙が溢れ、とめどなく頬を伝い流れ落ちていった。

『違う!!恨んでなんかいない!クソッ…なんで伝わんないだよ!なぁ美宇、聞いてくれ。俺は……』

「当たり前だよね。あたしのせいで死んじゃったんだもん。克樹、ごめんね。あたしだけ生きてて……」

『美宇……』

「こんなコト言えた義理じゃないけど、もう少しだけ待って……身の回りを整理する時間をちょうだい。そしたら、あたしも克樹のところに行くから……。あなたの四十九日には必ず間に合わせるから……」

『ふざけんなっ!!お前を自殺させる為に助けた訳じゃない!!馬鹿なコト考えんなよ!!』

「ねぇ克樹……。その時はあたしを迎えに来てくれるよね?」

『美宇っっー!!』

……パアンッ!!……

その瞬間、俺の叫び声とともに蛍光灯が砕け散った。一瞬身体をビクンとすくませた後に美宇は蛍光灯を見上げ、薄く笑うと再び俺の方へ顔を向ける。

「ありがとう克樹……。あなたの答え、確かに受け取ったよ。だから、待っててね。」

美宇は笑っていた。だけどその顔は覚悟を決めた者の壮絶な笑み。狂気を孕んだ眼差しに思わず目を背けたくなる程だった。美宇は、ゆっくりと立ち上がり涙を拭うと再び笑顔を見せる。

「ご飯食べてくるね。あなたと逢う日の為に、体力はつけておかなきゃ……」

『ダメだ!!自殺する為に頑張るなんておかしいだろ?やめろ!!やめるんだ美宇!!』

俺は両腕を広げて美宇の前に立ちはだかる。けれど、何の障害もなく美宇はドアを開けて部屋を出ていった。俺の身体を簡単に擦り抜けて……


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