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飃(つむじ)の啼く……
【ファンタジー 官能小説】

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飃の啼く…第16章-7

「さくら!!」
喫茶店中の空気が凍り付くほど凄みのある声がした。聞き覚えのある…いや、毎日聞いている声が。
「飃…」
「八条さくらという女について聞き回ってる化け猫が居ると…何があった?」
客が来たのに、ウェイトレスは注文を取りに来もしない。怯えるのはもっともだけど、飃は人間を頭からとって食いはしない。そうしかねないほど気が立っていたとしても。
飃は、私が何か言う前に目の前の男を見た。
「…飆…」
飆はうなずいた。
「飃…菊池美桜が死んだ。殺された。」
「な…!?」
「ずっと見つからなかったんだ…あの娘はずっと我々から逃げていた。戦うのを渋っていたんだ…。」
長い、抑圧された溜め息をついて、私の隣りに飃が座った。

「誰に殺された?澱みか?」

飆は首を縦にも、横にも振らなかった。手の中のコーヒーカップに心を奪われたかのようにじっとしている。

「…いや、あのやられ方は澱みじゃない。妖怪でも無い。俺に心当たりがある。」

飃はため息をついた。
「で、この件にさくらを巻き込んだのはお前か?」
飆はようやく首を振った。
「彼女を連れて来たのはあの化け猫さ。知り合いから彼女の事を聞いたんだろう…ま、いまや有名人だからな。」
そして、酒か何かをあおるようにコーヒーを飲んだ。そして再び、空っぽのカップの底に、何かが見えるのを期待するかの様に、しばらくそうして黙っていた。

「俺はまた…間に合わなかったんだなぁ…飃」
自らを罰する為に、飆は呟いた。
「ああ。」
無慈悲に、飃が言う。飆の掌は、自らの爪が貫いてしまいそうなほど堅く握られていて、全ての関節が白く変色していた。私はその手に自分のを重ねた。飆は、虐げられた犬のような目で私の顔を見返した。
「飃は…運がよかった。貴女のような女性を選んだのだから。」
「飆。」
飃の声は相変わらず容赦無かった。いや、彼に語らせるのを恐れているのか。飃は無言のまま立ち上がった。
「菊池美桜の部屋に案内しろ。」


部屋の戸は、めぐりが守っていた。
再び中に入る前に飃が、見たことのない草の葉を寄越した。
「鼻にあてていると良い。」
葉っぱの匂いはハッカのそれに似て、幾分か…死の匂いが薄らいだ。
見たくなければ来なくて良いという申し出を断って、私は…今一度、菊池美桜にあった。

血糊を洗い流してきれいにしたなら、髪が明るい茶色をしていたことがわかったろう。顔には薄く化粧がしてあったが、それが必要な歳とも思えなかった。
部屋は整然としていたけれど、可愛らしい小物や装飾には凝っていたようだ。寄り添うくまの縫いぐるみや、キャラクターの写真立てがあった。
パソコンの置かれたデスクや、化粧品の並んだ化粧机を見るに、どうやら彼女は私より年上で、しかも働いているらしいことがわかった。

…秋刀魚の腸(わた)をとった事がある。彼女の遺体は…正にそんな感じだった。骨、血、肉…だが、その真ん中にぽっかり穴が開いている。誰かに抜き去られたかのように。彼女の目は、飆によって閉じられていたけど…黄泉への旅路を拒むかのように、うっすらと開いていた。彼女のことを、かつて人として存在していたが、今はただの骨と血と肉の塊に過ぎなくなったものと見る事が出来たなら楽だったろう。でも私には出来ない。
とても無理だ。
そして、机の上に、きれいにそろえて置いてあった海外旅行のパンフレットを見た時…私の足元が崩れて行くような錯覚に襲われた。彼女の夢見ていたもの、それが…二度と叶う事が無いと知って。

きっと…
きっと、あなたをこんな目に会わせたやつを…


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