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飃(つむじ)の啼く……
【ファンタジー 官能小説】

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飃の啼く…第16章-5

その日は、鈍色の雲が重く垂れ籠めているのも見えないくらいに霧が濃い日だった。気味の悪い何かが、1メートル先の霧のなかに潜んでいたとしても、多分見つける事はできないだろう。
でも、地区大会を間近に控えた園城寺学園の薙刀部員にはそんなことは関係無かった。
「一、二!一、二!」
最近、私は腕を上げ(まぁ、当然と言えば当然か)、ついに部内で「“妖怪”八条」と呼ばれるに至った。ハハ、なんと言う皮肉…。

炎のような勢いと、油のようなしつこさで、富士見部長は大会出場を辞退した私に迫った。「八条が抜けたら負けちゃう」と断言されてしまうと…首を横には振れない…のを無理やり横に振った。大会当日に澱みが出でもしたら、大会にでてなんて居られないし、いきなり抜けたらそれこそ迷惑だ。「“妖怪”八条が居なくたって、どうせ部長も“鬼”の富士見でしょ!」
殴られた。やっぱり鬼だ。

素振りの稽古の最中、武道場の後ろが騒がしい。男でさえかるく怯えるような掛け声の合間に、黄色い悲鳴が…
「一、…ちょっとストップ!」
業をにやした部長が、鋭い目付きで後ろを振り向く。後ろの列にいる一年が、その一瞥にすくみ上がってシンとした。すると…
「?」
わたしも思わず振り返る。猫の鳴き声…?思いかけて、竹刀を取り落とした。その…猫、らしきものは、私と目が合うなり
「あ!居た!やじょうさくら!御身にお願…」
「わあ〜!!か〜わい〜!!」
ことさら母音を強く発音して猫の言葉を遮る。部長が今度は私を睨んだ。私はそんな視線を交わして、慌てて猫を抱く。
「あぁ!やっぱりさくら殿!貴方に至急お願」
「あ〜らら!この猫怪我してる!痛いね〜っ!!」
これみよがしに叫んで、猫の目を見て、目で「黙って」と凄んだ。
「病院いって来ます!!連れて行ってあげなきゃ死んじゃうかも!!」
部長の怒号も部員のざわめきも聞こえない振りをして、道着のまま学校を飛び出した。

「流石はやじょう殿!困っている妖怪には見て見ぬ振りが出来ないというのは真実でしたか!!」
腕のなかで嬉しそうに言う猫は、艶やかな黒猫だった。柔らかくて暖かい毛皮を撫でる手とは裏腹に、口から出たのはちょっと厳しい口調だった。
「真実…って…誰かから聞いたの?それよか、あんたのお名前は?」
猫を塀の上に置いて歩かせる。道着が毛だらけになっていた。
「あたしぁめぐりと申します。」
艶っぽい声で言う。意識しているのではなく、それが“彼”のスタイルなのだろう。
「貴方を紹介してくれたのは、ふえんとか何とかいう狗族でした…貴方なら…何とかしてくれると…」
風炎が?
あの事件以来、彼とはあって無かったけど…なんだ、何だかんだ言って結構一目置いてたりして?
「で…何をして欲しいの?」
人気の無い昼下がりの住宅街をとぼとぼ歩きながら、めぐりは必死になにかを言おうとしてくれた。
「あたしの…」
めぐりの足が、止まった。
「あたしの飼い主を、助けて欲しいんで。」
そして、付け加えた。
「もう…亡くなってしまいましたが。」

菊池 美桜の亡骸は、すでに軽く腐敗をはじめていた。
血腥(なまぐさ)い匂いすら、部屋の床の上に重く沈み、物憂げな蠅が、新たに現れた客に驚いて飛んだ。
死体の顔を覗き込んでいた男が顔を上げ、私に言った。
「やぁ、あんたが飃の奥さんかい。」
私はその言葉が終わる前にトイレに駆け込み、吐いた。


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