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地図にない景色
【初恋 恋愛小説】

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地図にない景色・2-8

 唇を噛む。裏切られた悔しさからでも悲しみからでもない。
一度でも助けられたからとこんな素性もろくに知らないヤツを無償で信じ込んでしまった自分自身の馬鹿さ加減故に――。
「どういうつもり?」
 聞くだけで底冷えしそうな声。そう言った恵美の瞳には敵意を通り越した殺意すら浮かんでいる。そして、若干の戸惑い。
「私の聞き間違いかしら。あなた、アキラから頼まれたって言ってたわよね?」
「ああ、言ったね」
「なのに、なにも?出来ないんじゃなくて、しない?」
「うん。君と俺は初対面だからね。これでも君と会うまでは色々と考えてはいたんだけど、無駄だったみたいだ。
一応、人を見る目はあるつもりでね。さっき話してみてわかったことだけど、君は初見の相手にどうこう言われたところで考え方を改めるような人間じゃないだろう?」
「……」
 それは的を射た言葉だったのか。恵美はグッと悔しそうに黙り込む。
 けれど、それも一瞬。
 恵美は自身を見抜かれた苛立ちを紛らわすように、
「そうね。そうかもしれない。確かに私はどうでもいい他人の言葉なんかに左右される性格なんかしてないわ。……けどね。
 だからと言って、それだけでさじを投げるっていうのはあんまりにも根性がなさ過ぎるんじゃないの?そもそも、そんな生半可な覚悟しか持たないで、あなたはいったい何をしにここまで来たのよ?」
 そんな恵美の台詞に、彼は茶化すように肩を竦めて、続く言葉にあたしは、
「ホント、何をしに来たんだろうね?」
 ――カッと、頭が真っ白になった。
「ふざけんじゃないわよ!」
 そう叫んだのは恵美の方。冷静な彼女にしては珍しく、感情のみで口を開いている。
「アンタ、言っていいことと悪いことの判断も出来ないの?今、アンタはその口でアキラに頼まれたって言ったばかりじゃない!」
 ――唇を噛む。プツンと切れて、血の味が広がる。
「うん。言ったね」
 ――拳を握る。力みすぎて、寒くもないのにガタガタと震える。
「それなら何でもいいからやろうとするがスジってもんでしょっ」
 ――足を動かす。踏み出す一歩がフラフラと頼りない。
「そうだね。普通ならそうするね」
 ――視界が揺らぐ。ポタリと何かが零れ落ちる。
「わかってるならしなさいよっ!私たちを馬鹿にするのもいい加減にしろ!!無駄だなんて勝手に決めつけてんじゃ――」
 ――彼の前に立つ。微動だにしない彼に向かって、思いっきり拳を……!
「だって、君には必要ないだろ?」


 ピタリと動きが止まった。
「えっ?」
 そんな間抜けな声は異口同音。
 あたしは腕を振り上げたまま、恵美は愕然とした表情で。
 そんなあたしの頭を、彼はポンポンとまるで慰めるような手つきで叩いて、
「言ったでしょ?『人を見る目はあるつもりだ』って。とりわけ、『罪悪感』ってヤツには敏感なんだ」
「あっ」
 ごく自然な動作で、あたしの頬を濡らすものを指先で拭っていく。
 その感触があまりにも気持ちよくて、不覚にも、うっとりとしてしまった。
 ――なんて優しい仕草。まるでささくれ立った心を凪いでいくような……


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