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地図にない景色
【初恋 恋愛小説】

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地図にない景色・2-7

 そして、彼女の親友を自負するあたしも少なからず戸惑っていた。
何故ならば、あたしの知る高坂恵美もまた、こんな言動をとったりするような子ではなかったからだ。
 彼女はあたしと並び口こそ悪いものの、学校では優等生で通っている。
 遅刻も早退もしないし、欠席も数える程度。成績も優秀でこの間執り行われた中間試験でこそ順位を下げたものの、それ以外では学年十位以内を当然のように確保し続け(ちなみに、あたしは下から数えた方が早い)、そのくせ、そんなことは歯牙にもかけない。
 つまり、高坂恵美という人間は皆、誰もが一度は憧れるアイドル的存在なのだ。
 けれど、あたしは知っている。
 本当は朝に弱くて、寝坊しないように目覚ましを三つもかけていることや、成績を下げないようにとウチに引き払うや否や、難しい参考書と睨めっこしていること。
 そして、その実、誰よりも打たれ弱い、繊細な心の持ち主なのだということも――。
 だから、わかっていた。
 あの日、恵美から『万引きをしないか』と持ちかけられたあの時。
 恵美がどんな思いでその言葉を口にしたのかということを、あたしはきっと正しく理解していたと思う。
周りから求められる自分と現実とのギャップ。自身が理想とするものとそれに追いつけないフラストレーション。
そんな葛藤をほんの少しだけ忘れたくて、けれど、それにはあんな方法しかなくて、しかし、それは悪いことで、でも、そうしないと今にも自分が潰れそうで――
だからこそ、彼女は他人にその答えの是非を問うたのだ。
誰でもない、自分を正しく理解してくれていると思った、親友であるあたしに。
――ごめん。……ありがとう。
 あの時、恵美が最後に口にした言葉がふっと脳裏を過ぎった。
 あれはいったい、どんな思いから出た言葉だったのだろうか?
 賛同してくれたことに対する感謝の言葉か。それとも、巻き込んでしまったという後悔からの言葉だったのか。
 今、それが知りたい。いや、今こそ知らなくちゃならない。
 だって、
 ――こんな恵美にしてしまったのは、あたしのせいに他ならないのだから!
 時間にすれば三秒程度の思考。あたしは「恵美」と口を開きかけ、けれど、それよりも早く、彼が恵美の問いに答えていた。
 そう。誰もが予想だにしなかった一言を持って――


「なにも」
 それが彼の答えだった。
「……」
 時間が止まった。無論、錯覚だ。
 今、こうしている間にも世界は滞りなく回り続けている。
初夏の生暖かい空気は相変わらず肌に纏わりついているし、遠くの方からはバイクの排気音、空を行く鳥の姿もある。
 ただ、こうしているあたしが、それを正しく認識することが出来なくなっただけ。
(イマ、コイツハナントイッタ?)
 なにも……あたしの頭がどうかしていない限り、こいつはそう言わなかっただろうか?
 それも苦し紛れに出た言葉ではない。
 それを証拠にその飄々とした顔には、苦悩の痕跡も迷いの陰りも表れてはいない。
 寧ろ、なぜそんな当たり前のことを聞くのかと、本気で訝しんでいるような気配さえある。
 それを見て、あたしは悟ってしまった。
 ――ああ、この男は初めからそういうつもりだったのだと。
 光司は「どうやって私を止めるのか」という恵美の質問に対し、「なにも」と答えた。
 『なにも出来ない』という意味ではなく、『なにもしない』という意味で。
 それはひどい裏切りだった。
 こいつは昨日、「友達を助けて欲しい」と頼んだあたしに、確かにこう言ってくれたのだ。
 ――了解。出来るだけ善処しましょう。
 いつもの掴み所のない声。ふわふわと頼りない、けれど、あたしにとっては信頼にたる声。いつかの夕暮れを思い起こさせるもの。
 だから、信じていた。
 あの日、落ちるとこまで落ちようとするあたしを救い上げてくれたその手で、きっと今度は恵美のことも助けてくれると、そう心から信じていた。
なのに……!


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