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地図にない景色
【初恋 恋愛小説】

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地図にない景色・2-9

「この子の時もそう。人間、慣れない悪さをしようとすると、どうしても躊躇いみたいなものが生まれるもんでね。
特に君たちのように善悪の区別がしっかり出来てる子ほど、その兆候は顕著に表れる。
俗に言う良心の呵責ってヤツかな?
俺は職業柄、そういうのを読み取るのに長けているんだ」
最後にもう一度頭を撫でてから、彼は視線を恵美へと移した。
「君もそう。この公園に入る前、君はアキラに『初めて万引きした時』のことを言われたはずだ。あれには君が言っていた通り、これからの予告っていう意味と、もう一つ、別の意味があってね」
「別の……意味?」
 彼は頷いて、
「こっちが本命……君の本心が知りたかったんだ。人間って不意をつかれればつかれるほど素直な反応をする生き物でさ。
知らなかったでしょ?あのベンチ、入り口の様子を窺うには絶好のポジションなんだ」
 なるほど。あれにはそういう意味があったのかと、あたしはぼんやりとした頭でひとり納得する。
 友達を助けて欲しいと頼んだあたしに対し、彼は二つの条件を飲ませた。
 一つ目は、自分のことを決して彼女に話さないこと。
 二つ目は、公園の入り口で『思い出話』をすること。
 特に二つ目、『入り口』というところを彼はあたしに厳守させた。
 一つ目はいらぬ警戒心を生まないためだと納得できたものの、二つ目に関しては何故そんなことをとあたしが訝しむと、
『そのタイミングじゃないと意味がないんだよね。早すぎても遅すぎてもダメ』
 あの時は釈然としなかったが、なるほど。無防備な恵美の表情を彼が盗み見ようとするなら、確かにそのタイミングしかなかったわけだ。
 と、そこまで考えて、あたしはようやくあれほど前後不覚に陥った怒りが、嘘のように治まっていることに気がついた。ついでに、頭に血が上ってから今までの記憶がすっぽりと抜け落ちていることにも気がつき、
(げっ!!なんであたしはゲンコツなんて握ってんのよ!?)
 何故か振り上げたまま静止している腕にも気づいて慌てて下ろす。
(まさか、またやっちゃった?)
 実を言えば、こういったことは初めてではなかった。過去にも数度、経験がある。
どういったわけかあたしには、怒り心頭に達するとその間の記憶を失ってしまうという悪癖があった。
 子供の頃にはそれで、ケンカした相手を幾度も泣かせたこともあって、中学に出て高校に入学したここ最近では、そうならないように細心の注意を払ってきたのだ。
 それがよりにもよって今更、光司の前でその醜態を晒すことになるとは。
記憶のない間のあたしがいったい、彼の前でどんな粗相をしてしまったのかを思うと、内心、戦々恐々、外見、顔面蒼白の体。考えるだに死にたくなる。
 そんなあたしの慌てっぷりを見ているのか見ていないのか、光司はため息をひとつ、言った。
「まっ、そんなわけでさ。俺が君にしてあげられることは何もないわけ。君も反省しているようだし、なにより、君にはアキラの言葉だけで十分でしょ?」
 ほんと、何をしに来たんだか、などとぼやきつつ頭を掻く。その表情にはありありと拍子抜けという文字が見て取れる。
だが、それだけだ。
 少しの間だけとはいえ、記憶の欠如が見られるあたしには、彼が何をもって拍子抜けとしているのか、さっぱり理解できない。
(こいつはさっきから何を言ってるのよ?だいたい、あたしの言葉って?)
 当然、浮かぶ疑問。尤もらしく腕を組み、あたしはうんうんとうなり始めた。
けれど、その答えを探し出すには少しばかり時間がなさすぎた。
「さて、帰るとするかな」
と、さも当然のように彼が言ったからだ。
「えっ」と驚いたのは、あたし。
「なんで?」
「だって、もうやることもないし。こう見えて俺も、けっこう忙しい身なのよ。ほら、予定がこんなに」
 そう言って、彼はおもむろに懐のスケジュール帳を……って、うわ。何よ、これ!?


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