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忘れてしまった君の詩
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忘れてしまった君の詩-10

さて、こうして僕は国語準備室のある四階に辿り着いたわけだか、まだ二つの問題がある。
この教職棟は一階、三階部分に生徒棟と教科棟に繋がる廊下がある以外はどれも同じ造りになっている。階段を真ん中に、右側に三部屋、左側にも三部屋といった形だ。
国語準備室は、僕からみて左側の一番奥のところにあった。
そこに辿り着くには、数学準備室と地理準備室の前をどうしても通らなければならない。
 それが一つ目の問題だった。
だが、それは拍子抜けするほど簡単なことだった。それらの部屋は扉が閉められ、明かりが消えていたからだ。
多分、ここに用のあるものは帰ったか、職員室にでもいるのだろう。
そうなると二つ目の問題が僕の前にチラついた。
『果たして、英里先生はこの部屋にいるのか否か?』だが、その問題もすぐに杞憂に終わった。
部屋からは明かりが漏れ、英里先生の話し声が聞こえる。
『―ええ。…はい、そうです。出来れば、過去五十年の資料をお願いします』
誰かと電話で話しているらしい。
それに気づき、僕はノックする手を止めた。
大切な用なら、話が終わるまで邪魔はしたくない。
『―すいません、お手間をとらして、…そうですね。その時には是非お伺い致します。…ええ、よろしくお願いします。それでは…』
大して待つこともなく、受話器を置く音が中から響いた。
続けて背もたれに体を預ける音。
僕は右手を軽く握り締めた。
『…待たせたな、若菜』
(えっ…!?)
その台詞に、ノックしようとした手が再び止まった。
 続けて聞こえてきたのは、
『話って、何?』
間違えようもない、彼女の声だった。
いるのだ。彼女、如月先生が今、ここに。
『相変わらず不機嫌そうだな?』
『…誰だって、呼び出されて長々と待たされれば不機嫌になるわ』
『それもそうだな』
今の状況を楽しむような、英里先生の声。
相手の感情の機微さえ楽しもうとするこの人の肝の太さには、感心を通り越して呆れてしまう。
『話は何?』
当然、火に油を注がれた側の心情は察して余りある。不機嫌を隠そうともしない、彼女の声が漏れ聞こえた。
『あいつが帰ってきたのは知っているか?』
やや真剣味を帯びた、英里先生の声。
『あいつ?』
『竜堂のことだ』
『……』
少しの間を置き、彼女は答えた。
『知らないわ』
そんな筈はない。
 僕と彼女は、朝の九木との一件で、確かに顔を合わしている。
(どういうことだ?)
 それだけではない。実はあの後にも、何度か顔を合わせている。
 教室前の廊下、中庭、体育館前。
 僕は音楽を選択していなかったので、教室で会うことはなかったが、いずれの場合も彼女は僕と目が合うなりすると、素知らぬ顔でどこかへ行ってしまったのだったけれど。
そういったことを隠してまで何故、彼女が嘘をつくのか、僕にはわからなかった。
と、英里先生の含み笑いが聞こえてきた。
『何よ?』
僕の気持ちを代弁するように彼女が言った。
『お前は嘘が下手だな。朝、あいつと校門で会っているじゃないか』
『なっ!?』
『それだけじゃない。廊下や中庭、それと体育館の前でも会っている』
『っ…!』
 驚きだ。彼女はどこから僕達を見ていたんだろう?当の僕達は、彼女を一度も見ていない。
『素直じゃないな、お前は』
『…知ってて、カマをかけたのね?』
この場合、相手を責める形になっても仕方がない、と僕は思った。
だが、それを気にした風もなく、彼女は言った。
『お前が嘘をつかなければこうはならなかったさ』


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