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「ドライブ・ドライブ」
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「ドライブ・ドライブ」-4

暫くすると犬の飼い主のおばあさんが此方にやってきて、僕等と犬を見て『あら』という顔をした。そっと犬を呼び、僕に軽く会釈をして去って行く。尻尾を振って犬はおばあさんに寄り添い歩いて行った。
苦笑いで見送ると、砂浜には僕と花の二人きりになってしまった。
「犬が帰ったよ」
そう言っても、花の返事は無い。波の音が煩いくらいに耳に谺する。
暫くの間、僕はそのままの姿勢で海を眺めていた。その時ふと、感じる何かに気付いた。
胸が温かく濡れている。
「花?」
「少し黙りなさいよ」
鼻声の花の言葉が波音の中から聞こえる。
花は泣いていた。
声を出さず、僕にしがみついたまま、花は僕の胸を濡らし泣いていた。
その事実が僕を酷く動揺させた。
涙なんて見せた事のない花が。人に弱味を見せない花が。
先程僕が怒鳴ったからだとは思えない。花はそんな事にショックをおぼえたりしないだろう。
思えば、今日一日花の様子はおかしかった。僕は、助手席に座った花の横顔を思い出していた。
何かが花にあったに違いない。強情な花が涙を流す程の何かが。
でも、その涙の理由を僕は尋ねる事は出来なかった。プライドの高い花は、決して言葉にしようとはしないだろう。
僕は黙って花の頭を撫でていた。小さな子供にするように。
夕焼けが海の色を変えていく。波の音は煩いくらいに寄せては返すのに、次第に僕の耳から遠のいていった。
花がこんなに僕の近くにいるなんて初めてだった。花に触れたのだって初めてかもしれない。
ふと、海の香りの中に花の香りを感じた時、僕は花を意識してしまった。
ぴったりとしがみつかれている為に、彼女の鼓動までもが僕に伝わった。その柔らかさや、温かさも。
そっと覗き込んだ、花の白い首筋が僕の目に鮮やかに飛込んで、彼女の息が僕の胸を温かく湿らすと、僕の感情は止まらなくなった。
官能の熱が篭り始める。そんな時じゃないのに。でも、今の花のその全てが、罪な程に僕の熱を刺激した。息を深く吐いて、何とかその熱を逃そうとしたが、無駄に終わった。
花に気付かれたくなかった。でもそれは無理な話だろう、こんなにくっつかれていれば、僕の変化なんて丸分かりだ。
花がモゾモゾと体をずらした。僕の胸に顔を埋めたまま、小さく呟く。
「…やらしい」
「…ごめん。でも不可抗力だよ」
何とも情けない答えだった。花はどう思っただろう。
気持ちを落ち着かせようと、僕は目を閉じて熱をやりすごそうとした。僕の鼓動は平常に戻りつつある。このままいけば。
「…したいの?」
花の言葉は最初僕の耳にはよく聞こえなかった。
「ん?」
「だから、あたしとしたいの?」
背中に回されている腕に、微かに力が込められていた。
「…いいわよ、あたしは」
言葉を失った僕の鼓動が跳ねる。
柔らかな花の体の温もりが僕にそっと忍び込んでくる。
花が僕を求めている訳じゃないのは明らかだった。彼女が求めているのは、今、側に居てくれる誰かで、それは僕では無くてもいいという事実が僕を苦しくさせた。そしてその事に、僕は激しく嫉妬した。
それでも、花の体や温もりを僕は欲し、彼女の告げた言葉は僕の欲望を浸すのに十分過ぎる程の威力を持っていた。
服の下に息づく花の白い体や熱、僕の動きで引き出されるであろう甘い声まで僕は想像した。
吐き出す息さえ熱を持ちそうで、僕は深く息をする。
下手に触れるとそのまま欲望に負けそうで、僕は海を遠く眺めながら花に話し掛けた。
「…そう思っている僕もいる」
海に夕日が影を付け、沈もうとしていた。それを眺め僕は続ける。
「…でも、今日はしちゃいけないと思うんだ、上手く言えないけど」
胸の中の花は何も言わなかった。
「きっと花は色々ぐるぐる考えてしまうんじゃないかと思うんだ。だから…」
上手く言えない。それ以上僕は何も言えなくなってしまった。
花の温もりが僕の胸で暖かくなって、花が小さく頷いた。その頭を僕はそっと撫でた。
きっと、裸で抱き合うより、今のこの一瞬の方が遥かに官能的で満たされている。そんな気がする。
「…あたしとだからしないって事じゃないのね…?」
花の問掛けに僕は答える。
「違うよ。今は…って事」
「うん」「…だから、次はするから」僕の言葉に花は少し笑った。
「今も今度も同じじゃない」
「違うよ。それは違う」
「…あなたも大人になったって事?」
「そうかもしれない」
僕の中の熱は漸く去って、穏やかな気持ちが残った。甘い、柔らかな気持ち。


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