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「ドライブ・ドライブ」
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「ドライブ・ドライブ」-3

暫く走り続けた後、突然花が窓を全開にした。冷気が一気に車内に流れ込んでくる。
さっき僕がちょっと窓を開けただけで、あんなに怒ったくせに。
文句を言おうと口を開けたその時に、花が外を指差して言った。
「海よ」
街並みの隙間に青い帯が揺れて見えた。
「彼処に行きたい」
僕を振り返りもせずに花はそう告げる。
花はずっとその青い光を窓を開けて眺めていた。微かな潮の匂いが窓から僕に届く。
本線から逸れて海へ向かう脇道へと入る。青い帯は段々と幅を広げていき、カーブを曲がるともう白い小波が見えた。アスファルトが突然途切れて、石が増えた道を進むとその先は一面の砂浜だった。
僕は慎重に砂浜を進んで、なるたけ平な場所に車を停めた。
エンジンを止めると、花は真っ先にドアを開けて砂浜に降り立つ。海からの風を長い髪で受けて、波に向かって歩いて行った。その後ろ姿を見送って、僕は煙草と灰皿を手に砂浜へと降りた。
日の光を受けて海はキラキラと輝いている。規則正しい波の音が、耳に心地よかった。
車から少し離れた所に転がっていた流木に座って、僕は煙草を吸った。穏やかな午後の陽射しは、優しく辺りを包んでいる。
花は打ち寄せる波ギリギリの場所に佇んでいた。周りを見回すと、遠くで何人かが砂浜を散歩しているのが見えた。
短くなった煙草を灰皿で揉み消して、僕は大きく伸びをする。かなりの距離を走ってきたせいで、疲労はピークを迎えつつあった。
海の匂い、波の音色、暖かな陽射し、そして疲労が一気に押し寄せてきて、僕は急激な睡魔に襲われた。
そう言えば、早朝に花に叩き起こされ睡眠不足だった。
花の小さな後ろ姿を霞んだ目の中に捉えながら、僕は眠りの中に沈んでいった。


うとうととした穏やかなまどろみの中に漂っていた僕は、犬の鳴き声で目を覚ました。
日の光は傾きつつある。先程よりも陽射しの暖かさが弱まっていた。寝ていた時間は僅かだろう。
辺りを見回して花を探した。離れた場所に蹲る背中を見付けて、僕は立ち上がると砂浜を歩き出す。
また犬の鳴き声が聞こえた。どうやら花の方からで、近付くにつれ花が犬と一緒にいるのがわかった。
犬は茶色のラブラドールで、近付いてきた僕に気付くと大きな尻尾をはたはたと振った。人なつこそうな黒い瞳の大きな犬だ。赤い首輪をしたその首に花の細い腕が巻き付いている。
花はその犬を抱き締めて蹲っていた。僕が近付いて花の後ろに立ち止まっても、花はそのままだった。
犬は僕に向かって鼻を鳴らした。その頭を撫でてやりながら花に話し掛けた。
「花?」
返事は無い。
遠くの方で、犬を呼ぶ声が風に乗って聞こえてくる。それを聞き付けて、犬が花から逃れようとジタバタともがいた。でも、花は犬から手を離そうとしない。
「花、犬を離してやれよ」僕が言うと、花は首を何度も横に振った。
「嫌よ」
「飼い主が犬を呼んでるんだよ。犬だって嫌がっているじゃないか」
それでも花の態度は変わらなかった。
飼い主がまた呼んでいる。どうやらおばあさんのようだ。
「花、ほら」
強攻手段に出て、花と犬を引き剥がそうと僕は試みた。でも、花はますます犬をきつく抱き締めて離さない。僕と花とに引っ張られて、犬はキャンキャン鳴いた。可哀想なのは犬の方だ。
暫く格闘して、いい加減花の強情に僕は怒鳴った。
「花、いい加減にしろ!」
花と犬の体が、僕の声にビクリと跳ねた。
「犬が可哀想だろ、いい加減もう離して…」
言い掛けた僕は、いきなりの衝撃に砂浜に尻餅をついた。花が犬から手を離し、僕に飛び付いてきたからだ。
突然の状況にどうしたらいいのか分からない僕をしり目に、やっとのこと花の腕から逃れた犬は飼い主の元へ帰ろうとした。でも何歩か歩き出し、振り返るとまた此方に寄って来て僕の横に背を向けて座り込んだ。
夕焼けが海岸を包む。
人影と犬。遠くから見たら、なかなか絵になる情景かもしれない。
花は僕の背中にきつく腕を回したまま、ぴくりとも動かなかった。
「…花」
話し掛けた僕に花は呟く。
「…あなたも離してもらいたいの?」
何と返事していいのか分からない僕は、花を抱き締める事も引き剥がす事も出来ずに、その姿勢のままじっとしていた。


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