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【思い出よりも…】
【女性向け 官能小説】

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【思い出よりも…前編】-2

「今日は会社休んで病院に行ったら?」

私は一笑に俯して、

「冗談じゃないよ、大事なプロジェクトを控えてのリサーチ中に休めるわけないだろう」

「でも…明後日には美那の父兄参観があるのよ」

美那はウチの一人娘で、来年中学受験を控えている。加奈枝にとっては『生きがい』とも言えるほどの存在だ。

しかし、この件で私は妻とは別の意見だった。
中学に入ればおのずと高校受験が待っているわけだから、せめてそれまでは、自由活闥な娘でいて欲しいと思っていた。

普段の私なら言葉を濁すところをその日は違った。

「父兄参観はお前だけで行ってくれ」

その瞬間、加奈枝の声が一オクターブ上がった。

「何をいってるのアナタ!美那にとっては一生の事なのよ!アナタ、美那が大事じゃないの」

金切り声が私の頭に響き渡る。熱のせいか、冷静な判断が出来ない。

「その『お受験』が出来るのも会社あっての話だ」

加奈枝にそう言い放った私は、さっさと朝仕度を済ませると玄関を後にした。
あれ以上加奈枝の声を聴いていたら、自身、何を言い出すかわからなかったからだ……



(いつから私達は、ああなってしまったのだろう)

かつては大学のキャンパスで『ベスト・カップル』と、皆の羨望を集めた二人。それが今ではワーカー・ホリックの私と子供の成長だけが生きがいの妻。今ではあの頃のカケラも見当たらない……

(いつから……)


地下鉄に揺られながら、私はむなしさに襲われた。多分、熱のせいだろう。
そして、私は弱気になっている自分に気づく。

(なんて事を…今は大事な時なのに……このプロジェクトが軌道に乗れば、将来の昇進は間違いなしだ。そうすれば加奈枝や美那、家族の生活はより良くなる……)



最寄りの駅に降りた私は、会社へと連絡を入れた。

「ああ、私だ…伊吹だが…」

応対に出たのは新人の女性事務員だった。私は熱による体調不良と、出社前に病院による旨を彼女に告げた。

「大丈夫ですか?マネージャー」

女性事務員は、私を心配気に訊いてくる。しかし、

「…ありがとう…病院に行った後に出社するから…じゃあ…」

連絡を切ると、私は出口へと向かった。


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