壁に鍵穴・前編-3
しかしながらこの、何処からどう見ても独身者向けのワンルームのアパート、引っ越しの挨拶ですら無用だと思っていたのに、どの面を下げて隣人のドアを叩けばいいんだろう。
しかもその理由が「壁の鍵穴」だ。
話しが通じさえすれば鍵穴については解決するし、その場でお礼を述べて全てが円満に終わる。
しかし話しが通じ無かった場合、怪訝な顔をされながら「はあ？」と言われるのが責の山だ。
だがしかし……
やはり鍵穴が気になる！
僕は意を決して、隣の住人を訪ねてみる事にした。
まずは自分の部屋のドアを開けて、右隣の「今井」と部屋番号の隣に書かれている部屋のドアの前に立つ。
そして先ほどと同じ様に、相手に会ってからの自分の言葉を必死にイメージしてみる。
先ずは挨拶、そして無理矢理でもいいから世間話を……
鍵穴については最後にそれとなく訊けばいい。
呼び鈴を押して反応を待つ、するとドアの向こうでパタパタとスリッパが走る音が微かに聞こえる。
そしてその音は、みるみる大きさを増しながらこちらに迫り、ピタリと止まると同時に目の前のドアが開く音へと変わった。
「あ…… あの、初めまして！ 今度隣に引っ越して来ました澤田と申します」
相手がドアを開け終わる前に口から言葉が漏れてしまったのは、他でもなく激しい緊張によるものだ。
全く小心者の極みだな、僕は。
自らの失敗に暫し固まっていると、少しだけ開かれたドアは更に開き、その向こうからはなんと……
僕と同じ位の歳の、女の子が現れた。
ちなみに「なんと」と出たのには理由がある。
その女の子の格好がキャミソールと言うか、水着というか、はたまた下着と言うべきか……
とにかく、そんな感じの極めて露出度の高い格好をしていたからだ。
しかも……
アップにした長い髪の下の、丸く見開かれた目に視線を合わせてしまった僕は、不覚にもちょっとだけ「かわいい」と思ってしまった。
そして当然、頭の中にやましい要素が浮かんでしまったものだから、思わずとっさに目を背ける。
そんな此方を見て、彼女は「あははっ」と短く笑うと「ごめんね、いきなりドアを開けたから、驚いちゃったかな？」と少し申し訳無さそうに言葉を差し出した。
「あ、別に大丈夫ですよ。それより此方こそ、突然すいません」
「いいのよ！ ほら、私の部屋さ？ 呼び鈴は鳴るけどインターホンが使えないでしょ？ 大家には、早く直す様に再三頼んではいるんだけどね」
ニコニコと楽しそうに話す彼女、こちらも釣られて笑顔を見せようとするも、やはりその格好が気になって少々やり辛い。
僕は「それは困りましたね」と簡単に応えると「では、今後ともよろしくお願いします」と軽く挨拶をして素早く会話を終わらせてしまった。
「え？ ああ、よろしく……」
さすがに展開が無理矢理過ぎたのだろうか、彼女が思わず戸惑いの表情を見せる。
が、しかし！
それは、お互い様と言うヤツだ。
こちらだって十分戸惑ってる、彼女の格好に！
これでも一応、健康健全な青少年なのだから、この反応は極めて一般的な筈だ。
僕は向き直ると、少し早足で自分の部屋のドアへと向かった。