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記憶のきみ
【青春 恋愛小説】

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記憶のきみ8-2

「……もしもし、葵ちゃん?」
灰慈はその日の夜、意を決して葵に電話をかけた。
「うん♪どうしたー?」
「あのな……なんて言えばええんかわからんのやけど…」
「うん?」
「なんで葵ちゃんは……幸せになりたいん?」
結局、うまい言い回しが思いつかなかったので、直で言ってみた。
予想通り、沈黙。そして声のトーンが下がる。
「………由貴ちんに聞いたの?」
「……せや」
「…………あたしは」
葵の言葉が詰まる。
「………」
「………ごめん。これはうちの問題だから」
「………俺は」

力になりたいんだ。

「……いきなりごめんな。じゃあまた…」
「うん、ごめんね」
灰慈は電話を切ると深い溜息をついた。
「……俺が世話を焼くこともないねんな」
気の利いた一言さえも言えん臆病者やし、もう下手に首を突っ込むのはやめや。
灰慈は小さく誓った。





「うちは幸せにならなくちゃいけないの」
もう何度この言葉を呟いただろう。
そもそもの原因はうちの両親にあった。

うちの父親は大きな病院で医者をしていて、かなり上の立場にいた。
そのため多大なストレスを溜めていたようで、何かしらお母さんに八つ当たりすることが多かった。

うちが小学生の頃。
その日は深夜まで二人の言い争いが起こっていた。
うちは耳をふさいで布団の中にいつまでも潜っていた。

朝、昨夜のことなどすっかり忘れてリビングに入る。
「…………え?」
散らかった、と言うより荒れ果てた室内が待っていた。
足元には割れた食器や壊れた家具などがありそれ以上入ることはできない。
「……ぁ…ぃゃ…」
泣き叫ぶことさえも出来ずにいた。状況が理解できない。
しばらくして、お母さんも父親もいないことに気がついた。
「ぉ…かぁさん…?」
家中を探しても誰もいない。
祖父母の家に電話をかけると、急いで迎えに来てくれた。
そして事情を聞いた。
うちが眠ってしまった後、父親の八つ当たりがエスカレートして暴れ出し、あのような悲惨な状態になってしまったと。
お母さんは早朝から家を飛び出して祖父母の家にいると。
そして父親は……普通に出勤していったと。

祖父母の家に着くと、外で待っていたお母さんがうちを抱きしめた。
体が震えている。泣いているようだ。
「一緒に連れていけなくてごめんね。すぐに逃げ出すしかなかったの」
「……」
「葵……あなたはこれから愛なんてものを信じてはいけない。お母さんはね、お父さんを愛して結婚したの。でもお父さんは違ったの」
「……」
「いい?葵、あなたは愛なんて信じずに、いい人を見つけて幸せになりなさい」
「……」
「お母さんはもう幸せになれないけど、あなたは幸せになるの」
「………うん」


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