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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-259

「それで、草薙君のことなんだが……」
「あ、は、はい。大和君は……」
 思考を乱したまま、亮の問いかけに対して用意した桜子の答えは、
「とっても、激しいときがあるんです」
 すこぶる抽象的で、しかも、的を外したものであった。
(って、何を言ってるの、あたし……)
 亮が聞きたかったのは、大和の投球に関するポイントであろう。“激しい”というのは、スキンシップ・コミュニケーションの時に見せる彼の素顔のひとつではないか。
「ほぅ。それは、面白いな」
 ところが、亮は納得したような表情を見せた。
「攻撃的な一面がある、ということだね」
「そ、そうです」
 とりあえず、嘘ではない。桜子は、思いがけない反応に調子を合わせることにした
「なるほど…。うん、思い当たるところはある」
「わかるんですか?」
「彼がマウンドに立った時、挑戦的な視線をもらったよ。“打たせてたまるか!”っていう強い意志が、ありありと見えた」
「………」
「バッティングや、守備の時とは違っていたな。彼は、マウンドに立つと燃えるタイプのようだね」
(ああ、そっかぁ…)
 不意に、桜子は悟った。
 亮が、最終打席で見せた厳しいプレッシャーは、大和がぶつけてきた気迫に反応してのことだったのだ。そこまでに集中しなければ、相手に呑まれてしまうと…。
 そのために発した亮のプレッシャーに、桜子は呑み込まれてしまったのだ。
 雄太とバッテリーを組んでいた時は、それほどのプレッシャーを亮からは感じなかった。その時点では、彼も“練習試合”という認識が強かったのだろう。ちなみにそれは、“手を抜く”ということとは、ニュアンスが全く異なる。
「あのとき…」
「うん」
「あたし、亮さんのことが怖くなって…。それで、逃げちゃったんです。大和君、内側で勝負したがってたのに……」
 冷静になった桜子は、亮との打席で犯した失態を思い出す。それまでは度胸も良くインコースをズバリと貫く攻撃的なリードが出来ていたのに、なぜか、あの場面では逃げることしか考えられなかった。
 外角一辺倒になったリードは、その場所が“普遍的に相手を抑えられるコース”だという知識が先行してのことである。そこに、大和の気持ちは存在していない。
「逃げたくなる時は、俺にもあるよ」
 おそらく、亮にはその“桜子の失敗”が見えているはずである。しかし彼は、それを突こうとはせずに、あくまで穏やかに訥々と語りを続ける。
「ピッチャーは“孤独なポジション”と誰もが言うけど、キャッチャーもそうだよ。なにしろ、ひとりだけみんなと違う方向を見ているからね」
「?」
「しかも、戦う相手の一番近くにいる。感じるプレッシャーは誰よりも強くなるから、逃げたくなる時があるのも当然だ」
「………」
「だからこそ、ピッチャーと気持ちを分け合うのさ。一人じゃどうしようもないことでも、二人なら乗り越えられるってね。“夫婦”って書いて、“バッテリー”って読ませる時もあるんだから。相性のいいキャッチャーのこと、恋女房ってよく言うだろう?」
「そう、ですね」
 亮の言葉は、しっくりと桜子の胸に入り込んできた。
(あたしはあのとき、大和君の気持ちを理解してあげられなかった…)
 自分のことしか考えていなかった。“打たれたら、どうしよう”という負の感情に支配され、戦っている大和を支えることができなかった。
(ひとりで、怖がっちゃって…)
 亮の言葉を当てはめれば、孤独に陥った状況を、二人で分かち合えなかったということだ。これでは、“夫婦”といえないだろう。
「さっき、“彼には攻撃的な一面がある”って、桜子ちゃんは言ったけど、それを試合の中で、どういう具合に活かしていくか…。それこそが“女房”の器量の見せ所だね」
「あは、そうですね」
 気持ちがふわりと軽くなった。同時に、いつもとは少し違う大和への気持ちが、心の奥底から沸き上がってくるのも感じた。
(大和君の投げるボールを、もっと捕りたい)
 その想いの発露は、彼女が持つ捕手としての器を、更に大きくさせるものであった。


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