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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『STRIKE!!』(全9話)-187

「やられました〜」
 空振りをしたエレナも悔しそうだ。どうやらタイミングを取り違えたらしい。おそらく、チェンジアップをかなり意識していたのだろう。
 これこそが、その効果なのである。
 いくら球が速い投手も、タイミングを合わされれば打たれてしまう。実際の話、隼リーグ開幕当初に晶は、序盤に圧倒していたはずの櫻陽大学に、中盤・終盤と進むに従って打たれているし、前期だけ出場していた星海大学の4番にも、1、2打席目を簡単に打ち取りながら、3打席目では痛打されている。おそらく、両者ともに打席を重ねるにつれ、晶の速球のスピードに目を慣らしたのだということは、容易に考えがつく。
 緩急は野球の基本である。だからこそ、カーブやシュートといった変化球が存在するのだ。それらを織り交ぜた駆け引きの中で、打者に自分のスイングをさせない。それこそが、投げ負けないための基本的な部分といえる。
 しかし、鋭い腕の振りによって速球を投げ込む晶は、これらの変化球を全く投げられなかった。肘の使い方や指先のかかり方が、どうしても“曲がる”変化球になじまなかったのである。
 それならば、野球において必要とされる緩急をどうするか? その答えが、このチェンジアップであった。
 実のところ後期戦に入るなり、既に試合で何球かは使っていた。だが、亮の目から見たそれはチェンジアップというにはあまりに投げ方がはっきりしすぎていて、その効果は薄かったように映る。そもそも、晶の速球を簡単に弾き返すことのできる打撃力を有しているのは今のところ櫻陽大学だけであるから、実戦での使用は思うほど参考にならなかった。
 ただ、実戦で投球したことが高校時代に使っていたというその感覚を思い出させたものか、晶は日を追う毎に、ストレートと同じ投げ方でそのチェンジアップを投げられるようになっていった。そして、三日前あたりから完全に二つは合致するに至り、リーグを代表する打者のエレナに通用したことで威力が充分に備わっていることもわかった。
「緩いのが来るか、速いのが来るか、全くわかりません」
 チェンジアップを擦り、セカンドフライを打ち上げたエレナがぼやく。
「それに、アキラのストレートが、いつもより速く見えるです」
 これは緩急の結果が反映している。特に速い晶のストレートは、たった1球の緩い球を会得しただけで、数倍の威力を手に入れることができたのだ。
「手ごわいです〜」
 レベル1.5の外角球を空振りして、珍しくエレナが弱音を吐いた。エレナはその速球でさえ苦にしないところがあったから、早くもその威力が窺えた。
「よしっ」
 エレナに満足な打撃をさせず、ぐ、と晶は拳を握った。
 これで、前期に打ち込まれた櫻陽大学の主砲・管弦楽も怖くはない。



「こ、これは打ちづらいな……」
 講習会を終え練習に戻ってきた直樹が、晶のチェンジアップを織り交ぜた緩急自在の投球に舌を巻いた。彼もレベル1.5まで対応できる打撃術を持っているが、チェンジアップのおかげで、それに対してスムーズなスイングができなくなった。
「あの腕の振りで、ここまで緩い球だと厳しい」
 タイミングがあわせづらい、と誰もが口にしたことを直樹は言う。
「横から見ると、そうでもないんだけど……」
 スーツ姿の玲子が、腕を組みながら首をかしげていた。彼女もその講習会に教授として参加していたから、今も正装のままである。
「うわっ」
 レベル1のストレートを胸元に決められ、直樹は腰を引いてしまった。いつもより速く見えたそれは、確実にストライクゾーンを抉っている。
(何処まで……)
 成長するのだろう。直樹は、快記録を残し続けながらなおも大きくなっていくチームのエース・晶を頼もしく思う。


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