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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『STRIKE!!』(全9話)-169

「悟ったよ、醍醐京子」
「な、なにがよ」
 追い込まれておきながら、あくまで尊大に構える管弦楽の態度に、さすがに気色ばんだ敵意を送る京子。だが、勝負に対する諦めを感じさせない相手ほど、戦っていて厄介なものはない。
「天才たるもの、いついかなるときも、己を信じ、己の技に全力を捧げるものだ!! 叩けよさらば開かれん!! さあ、来い醍醐京子!!!」
 わけのわからないことを声高にのたまう管弦楽。とうとうイッてしまったか、とラメ入りの白覆面男に哀れみを覚えながら、それでも京子はウィニングショットをしっかりと握り締めてそれを投じた。
「ふははははははは!!!」
 管弦楽が鋭いスイングを始動する。アウトコースの高めに来たそれは、まるで階段から落としたような勢いで沈んでいったが、その軌道に併せるように管弦楽の膝も沈んだ。
(!?)
 スイングをしながら、その軌道を変えるという離れ業。よほどに安定した下半身と、筋肉の柔らかさが無ければ出来ない芸当だ。だが、それを管弦楽はこともなげにやっている。
 おそらく意識は無いだろう。なにしろ、彼が打席の中で考えていたことは、
(とにかく打つ)
 という、単純明快な思考だったのだから。球質とか球筋とか配球とか、そういったものを全部頭の中から放り出して、まっさらな状態で彼は打席にいた。
 物事が複雑になりすぎると却って、単純なものによってそれがことごとく覆されることはよくある。だがその“単純さ”は、計算された単純さではいけない。それこそ、物事の本質にあるところで剥き出しになった、いわば野生に近い部分の単純さが必要なのだ。
 獲物を刈る獣は、縦横無尽で機敏な動きをするそれに対して、本能で追いかけそれを掠め取る。それに似た単純な思考で、管弦楽は白球をバットで追いかけていた。
「!」
 ごっ、という叩き潰すような音と共に、白球は高々と空に舞い上がった。
「う、うそっ!!」
 完璧に近いフォークをいとも簡単に弾き返されて、京子は、信じられないというような表情で、それを見ている。
 そんな京子を置き去りにしてボールは、綺麗な放物線を描くと、そのまま川の中ほどまで飛んで鮮やかに波紋を作った。
「………」
「………」
 そのあまりに見事な曲線美に、誰もが見惚れていた。まさに、アーティスティックな本塁打。時さえも支配したその美しさは、草野球での出来事であることが惜しいと皆に思わせたほどだ。
「あ、あの……廻らないんですか?」
 審判がフォロースルーの体勢のまま、打席の中で固まっている管弦楽に語りかける。
「がう?」
 管弦楽は、人の言葉を理解するのにしばらく時間を要するほど、野生がえりしていた。“そのつもり”が、“それ自体”に変化していたらしい。
 そういう意味では、やはり彼も天才の部類に入るだろう。



 4対2のまま試合は最終回を迎えた。9回の表、フラッペーズの攻撃はあっさりと終了し、ついにバッカスは最後の攻撃に突入する。
 1番から始まる好打順。状況によっては、5番に座る管弦楽にも打席は廻る。
「………」
 だが正直、京子は管弦楽ともう対戦したくなかった。打ち取れる気がしないのである。
 バッカスの面々が外野にも飛ばせないでいるストレートは、あっさりと川まで運ばれて、さらに決め球のフォークまでも本塁打にされているのだ。
 京子は、管弦楽からアウトを取るウィニングショットを、もう持ち合わせてはいなかった。もっとも、配球次第では打ち取れる算段はいくらでもあるだろうが、そのための管弦楽に関する情報を自分はあまり知らない。
 このままいけば試合には勝てるだろう。しかし、勝負には負ける。
(でも……)
 それでも“もう構わない”と、このとき京子は思っていた。管弦楽との対戦は、いろんな意味で疲れてしまう。
 三者凡退で終われば、管弦楽には廻らない。だから京子は、覇気を感じない打者に対しても油断なく、厳しいコースのストレートを見舞ってやった。相手は振ってきたが、力のないスイングは簡単なゴロとなって内野を転がるに過ぎない…。


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