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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『STRIKE!!』(全9話)-129

「ありがとうございました」
 最後の礼を終えたとき、始まりのときのように悟が晶に手を差し出してきた。その顔には、やはり爽やかな笑顔。しかし、わずかに濡れた目元に、感情の揺れを見ることができる。
「ありがとう」
 晶は、ただそれだけを言い、手を優しく握り返す。他の言葉は、どれもこの場にそぐわない気がした。
「……楽しい試合でした。最後の試合に、こんなにドキドキするような戦いができて、幸せです」
「え…」
“最後” …その単語に、晶は釘付けになる。
「来月、日本を離れちゃうんですよ。だから、今日が最後の試合だったんです」
 にこ、と微笑をたたえながら、もの問いたげな表情を貼りつけていた晶にその理由を答えると、悟はもう一度頭を軽くさげて、背中を見せた。小さな体格なのに、とても大きく見える背中だった。
「彼、後期はいないのか……」
 隣で、二人の会話をそれとなく聞いていた亮は寂しそうにつぶやいていた。
 彼のリードは、亮の目から見ても、惚れ惚れするほど素晴らしいものだったからだ。それで、再戦のときが楽しみだったのだが、瞬時のうちに不可能だということがわかってしまった。
「そうか……」
 きっと彼には、追いかける夢があるのだろう。
 野球に臨むその姿を見れば、誰よりも強い愛情を持っていることがわかる。だが、その好きな野球を心の棚にしまいこんでまで、邁進したい夢が彼を待つというのなら、それは誰にも止められないことだ。
「あのコ……だいじょうぶかな?」
「え」
「帆波さん」
 ゲームセットがコールされたにも関わらず、狂ったように素振りをやめなかった相手のエース。悟に諭されて、ようやく整列した彼女は、しゃくりあげるように泣いていた。それはおそらく、彼がこの試合でチームを去ることを知っていたからだろう。
「あたしは………」
 もしも、亮が同じようにチームを離れることになったらどうなるだろう? 仮の想像にも関わらず、心の中に靄のように湧き上がった大きな不安が、渦を巻いて晶を寒くした。
「………」
「晶……」
 きゅ、と手を掴まれて、亮は少しだけ戸惑う。晶の顔には、勝利者のものとは思えない、寂しげな色が滲んでいた。



「ごめん、主将。渚と二人にして欲しいんだ」
 球場を離れる際、美作が悟に“送別会を用意しようと思うんだが”と聞いてきたので、悟はそう答えた。
 美作は、妙に察したような表情で、“それなら別の日に、壮大に催してやるよ”と言い残すと、優しい微笑みを浮かべたまま、部員を引き連れて球場を去っていった。
 悟は、駅に向かう人や、バスに乗り込む人にそれぞれ手を挙げ別れを告げると、近くのベンチに座りこんで俯いたままの渚の隣に腰をおろした。
「………」
 沈黙。
 喚くように泣きじゃくっていたものは、既におさまっていたから、あとは彼女の気持ちが本当に落ち着くまで、待ってあげればいい。たとえ日が暮れても、真夜中になったとしても、悟は彼女の傍を離れまいと、ひとり誓っている。
「………」
 待つ。飄々と、彼らしい微笑を浮かべて、そして、待つ。
「……なんか言えよ」
 渚が、俯いたまま声をかけてきてくれた。
「ん?」
「なんか言ってくれよ」
 言葉の端が、滲む。彼女の胸の中で張り詰めているものは、まだ、全てを吐き出せていないらしい。
「なんでもいいかい?」
 悟が言った。
「なんでもいいから…」
 渚が答えた。
「それじゃあ……」
 ふ、と渚の右頬に、悟の右手が。そのまま、優しく顔を向きあわせる。
 促されるまま横を向いた渚の間近に、いつもの微笑が待っていた。
「好きだよ」
 その口が、言葉を紡いだ。まるで、そよ風のように。


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