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■LOVE PHANTOM ■
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***君の青 A***-2

 「よし、出来た」
 僕は湯気の立ち上るカップを丸いお盆上へ乗せると、開いたままの扉から今を覗いた。雫はいまだうつぶせになったままだ。
 「おい、出来たぞ」
 僕の声にも微動だとしないで眠っている。
 「雫、起きろよ。ほら、ジャスミン」
 居間へ戻って、彼女の名前を耳元で呼んでやると、これはさすがに反応を示した。
 まるで体中が芋虫になったかのように、ノッソノッソと動き、やがてゆっくりと重たそうな頭を上げあたりをのろのろと見回している。自分が今、どこにいるのか分かってないのだろう。
 少し経つと、ようやくそこがどこなのか気がついたらしく、僕へにっこりと笑って見せた。
 「うぅ、眠い」
 そう言いながら、雫は手の甲で両目をごしごしこすっている。
 「夜更かしするからだろ。今日は早く寝ろよな。はい、紅茶」
 カップを目の前に置くと、彼女はふわふわとあくびをした。最後に出てくる「あふっ」という時の顔が妙に幼く見えるのは、やっぱ大きな瞳のせいだろうか。
 「ありがと」
 かすれ声で言うと、雫は早速ジャスミンティーを一口、味わった。満足しているのが、その表情からもうかがえる。
 「おいしい」
 僕の顔を見上げて、彼女は言った。
 「サンキュ。それ飲んだら開店の支度するぞ、いいな」
 「あ、その前に」
 店の方へ出ようとする僕の背中を、雫が呼び止めた。
 「ん?」
 と、振り返る。
 「トーストくれない?二つ」
 「・・・はいはい」  ほんっと、女ってのは得な生き物だと思う。いい格好をしたいのか、よく思われたいのか、はたまたこうしてわがままを聞いてやることでフェミニストを気取りたいのか、何にしたって男と言うものは損な生き物だ。女の甘えた声、顔にはてんで弱い。今回の喫茶店経営の割り当てだってそうだ。当初、僕の目的は雫にウエイトレスと調理を担当させ、僕は飲料とウエイターに徹するつもりだったのだ。けれど彼女の押しがあまりに強く、結局、僕が飲食担当とウエイターをやることになってしまった。つまり、雫はうまい具合にウエイトレスだけを手に入れたことになる。
 自分の甘さを棚に上げて、声に出して文句を言おうとは思わない。
が、もうちょっとだけ僕の気持ちも察してくれてもいいかなぁなんて思ったりもする。
 「なぁ、雫」
 僕は、トースターに映る彼女を見ながら言った。
 「何?」
 「あの小説で出てくる青い鳥はさ、おとぎ話だろ。普通に売っている鳥ならいると思うけどさ」
 焼きあがった二枚のトーストを皿にのせながら、僕は言った。
 「なんなら、今日仕事が終わってから金鳥園にでも行ってみようか?あそこだったらきっと・・・」
 僕は、背中に痛いほどの視線を感じて言葉を区切った。手を止め、恐る恐る振り向く。なるほど、彼女の目つきがさっきまでと全然違っている。なんていうか、あれに似ている。・・・そう、相手を威嚇している時の猫の目だ。
 「何怒ってるんだよ。別にいやみで行ったわけじゃないだろ」
 僕は雫の目の前にトーストを置いて言った。
 「それじゃあ、子供の頃。青い鳥を探し回るよりも、さっさとお店で買ってもらった方がよかった?
非現実的なものなんて探さないで、ただインコとか買ってもらった方がよかったの?
絆は嬉しかった?楽しかった?」
 「それは・・・」
 僕は雫のきびきびした口調と、責め立てる視線にたじろいだ。確かに、子供の頃はそれを探し回るのが楽しくてしょうがない時期もあった。けれど、今は違う。僕らはもうとっくに大人の領域に入っている。目に見えるものしか本当に信じられない、大人の領域に。
 「ねぇ。答えて、買ってもらった方がよかった?」
 問いかけながら、雫が僕の顔を覗き込んでくる。
 僕はその瞳をわざとそらすように、そっぽを向いた。


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