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■LOVE PHANTOM ■
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***君の青 A***-3

 「あの頃は、日が暮れるまで探し回って楽しかったと思うよ」
 と、僕は答えた。
 「じゃあ何故、歳をとったら変わらなきゃいけないの?忘れなきゃいけないの?そんなの変だよ。だって信じてたじゃない、絶対にいるからきっと見つけようねって約束したじゃない」
 彼女が立ち上がると同時に、椅子がガタンッとのけぞった。さっきまでの攻撃的な視線は消え、そのかわり、潤む瞳が僕の心を内側から刺してきた。睨まれるよりも、ずっと痛く感じた。
 「それってサンタクロースを信じて、世界中を探し回るのと同じだぜ」
 何とかこの場を回避しようと僕の頭の中は必死なのだが、出てくる言葉は全て泥沼への案内人だ。
 僕は収拾のつかない状況に苛立ちを感じながらも、できるだけ平静を装った。
彼女は一度だけ唇をきつく噛むと、はき捨てるように言った。
 「そうよ。私はそれでいいと思う」
 そして、その言葉を最後に、雫は僕を残して店の方へ出て行ってしまった。ため息が漏れる。始まったばかりの二人の生活なのに、初日から喧嘩だなんて・・・。僕は彼女が手もつけなかったトーストを見下ろしながら、唇をかみ締めた。そういえば、あいつは昔からそうだった。心に訴えかける非現実的なものの存在を、人一倍信じていたのだ。それは、弱い人間が逃げ道ほしさにすがることとは違い、雫の場合はただ純粋にそれを信じていた。
 彼女はピュアなのだ。
 僕は重たくなった頭をもたげて、近くの壁に掛けてある時計へ目を向けた。そろそろ開店の時間だ。仕事に私情を持ち込むな、と言っていた親父の顔をふと思い出す。
 僕は自己嫌悪から湧き水のように溢れてくる虚脱感を端へ端へと追いやりながら、店内へ首を突き出し、先に出ている雫の様子をうかがった。僕の家のことを知り尽くしている彼女のことだから、とっくに看板を「OPEN」に変え、今はカウンターとかで今日の下準備でもしているに違いない。
 はたして彼女はそこにいた。カウンターを、おろしたてのタオルで拭いている。
 僕は靴のかかとをつぶしたままで、店へ出た。雫は、もくもくとカウンターを拭きつづけている。
 「雫」
 と、僕は小さな声で言った。まるで腫れ物にでも触っている気分だ。
 「何?」
 雫はタオルを持っている手を止め、何もなかったような顔でこっちを向いた。
 「あ、あのさ」
 僕は鼻先をかりこりとかきながら、彼女から視線を外した。さっきのことを謝ろうとしているのが見え見えで、どうもきまりが悪い。
 そんな僕を見ながら雫は、タオルを四つ折にしてカウンターの上へ置いた。
 「別に怒ってないよ。この歳で青い鳥を信じているなんて、私くらいだしね。急にヒスっちゃってごめんね」
 「いや、こっちこそ・・・ごめん。デリカシーに欠けてたよ。お前はただ信じてただけなのにな」
 僕は頭を下げて言った。事実上、彼女の方から折れてくれたおかげで、僕もすんなり謝ることが出来た。
 喧嘩とは不思議なもので、仲直りすると喧嘩する以前よりまして相手への仲間意識を高めてしまう。
 そして何故か、心持が広くなった気になってしまう。僕は雫の隣りへ立つと、彼女が置いたタオルを手に取り、背中のグラスキャビネットに寄りかかった。
 「何?」
 と、僕の顔を覗き込むようにして雫は言った。
 「ん?いや、さっきお前を傷つけちゃったから、なんか願い事でもあったら聞いてやろうと思って」
 僕の言葉に彼女はきょとんとして、
 「ホント?」  と、訊いた。
 「ああ、本当だよ」
 すると彼女は、まるで子供のような無邪気な笑顔を見せながら、カウンターを颯爽と飛び越え、そしてこう言った。
 「今日一日OFFね!」
 あまりにも爽やかな声で、あまりにもひどい一言だ。僕はケーキをおごるとか飲み物をおごるとか、そういうつもりでいったのに、これでは彼女の滞在許した意味がなくなってしまう。止めなくては。
 そう思った時には、すでに何もかもが遅かった。雫がそそくさと外へ出て行ってしまったのだ。
 「お、おい!まてよ!雫!」
 必死に名前を呼んでみたが、届かなかった。まだお客のいない店内には、さっき雫が出て行く時に鳴った鈴の音の余韻だけが残っている。僕はやれやれとため息をつき、その場一人たたずんでいた。


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