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『欠片(かけら)……』
【大人 恋愛小説】

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『欠片(かけら)……』-22

「最後だから名前で呼んでいいか?」

声のトーンを落として囁くように寿也はつぶやいた。あたしが黙って頷くと、フッと口許に笑みを浮かべて寿也は頷き返す。

「なぁ、澪……あの直情バカは、ちゃんとお前を愛してくれているか?」
「まだ、その呼び方なの?」
「ハッ!アイツはそれで充分だ」

あの日から寿也は亘をそう呼ぶ。

あの日から……



 亘の想いに応えた次の日、会社に着いたあたし達が見たものはデスクに足を投げ出して新聞を広げながら煙草を吹かす寿也の姿だった。

それを見るなり亘はコソコソと隠れるように自分の席に向かう。多少、不審に思いながらもあたしが自分の席に着くと、寿也は新聞を閉じてこっちを見た。

『よぉ、おはようさん』
『!!!』

その顔を見て、思わずあたしは言葉を失う。それは目の縁と口許に貼られた絆創膏と顔に出来た青アザを見たから。

『何だ?顔に何か付いてるか?』
『何だじゃないでしょ?どうしたのよ、その顔は……喧嘩?』
『喧嘩じゃねぇって。俺は手を出してねぇし……ったく、あの直情バカがマジギレしやがって』

直情バカ?それって……そして頭に蘇るさっきの亘の行動。思うよりも早く、あたしは寿也に掴み掛かっていた。

『まさか、亘がやったの?そうなの?』
『てっ!痛ぇよ、宮原』

小さく悲鳴を上げる寿也に慌ててあたしは手を離した。よれた背広を直しながら彼は煙草をくわえて火を付ける。口をすぼめると口許が痛むのか、微かに顔を歪めていた。

『……まぁ、その……けじめって奴だな……』

顔に出来たアザをそっとさすりながら視線を逸らして寿也はボソッと言う。

『意味がわかんないわよ』
『わからなくていい……とにかくこれは俺と韮崎の問題だ。お前もアイツを問い詰めたりするなよ。いいな?』

それっきり寿也は何も言わなくなる。釈然としないまま始業となり、いろんなコトが頭に渦巻いて結局あたしは午前中の仕事が手に付かなかった。



 もうすぐ昼休み。寿也にそう言われたけれど、あたしは亘に聞こうと考えていた。すると隣から微かな含み笑いが響いて来る。

『ヘヘヘ……亘……か。今更だが妬けちまうな……』

その言葉は間違いなくあたしの耳に届いていた。だけど、あたしは自分の耳を疑ってしまう。

どういう意味よ?それ……

『今……なんて言ったの?』

上擦る声で聞き返すあたしをちらっと横目で見ると、寿也はほんの一瞬だけ淋しそうな笑みを見せた。けれどすぐに普段の顔に戻り、静かに立ち上がる。


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