投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

H.S.D
【学園物 恋愛小説】

H.S.Dの最初へ H.S.D 47 H.S.D 49 H.S.Dの最後へ

H.S.D*16*-2

普通に玄関から入ったあたしは普通に教室にむかい、何の苦労もなく普通に教室の扉をガラリと一気に開けた。中にはビクッとして振り向く矢上が床に座っていた。
「だから一々びっくりさせないでよ!」
「…………あッ!」
あたしの声にまた矢上はびくんと跳ねた。
「…だぁかぁらぁ!」
そういう矢上の鼻先に、あたしは人差し指を突き出した。
「あんた何であんな大金返せたの!?この五日間何してたの!!」
「あ、それは…」
目の前にある矢上の困った笑顔がみるみる内に、凍り付いていく。そうかと思うと、今度は急にあたふたと慌てだした。
「何?どうしたの?」
「…え、いや、音羽ちゃんこそ…どうしたの…?」
「え?」
違和感を感じて頬に手を当てた。
「な、はぁ!?何これ?」
あたしの頬には温かい水が流れていた。あたしの目から意志とは関係なくそれは溢れてくる。
どうして、あたしは泣いてるんだろう。
「えっ、あ、どうしよ…オレ、どうすればいい?」
矢上がぐしゃぐしゃと自分の髪を掻いた。
「分かんない!」
どうして自分は泣いているのか分からないのに、どうすればいいと聞かれても分かる訳がない。
「あ〜もー、取り合えず!」
一瞬、全てのものが動きを止め、教室にはあたしたちの焦る騒ぎ声の余韻だけが残った。時が止まったと言っても過言ではないかもしれない。
「取り合えず、涙はオレが拭くから…」
あたしの頬は矢上の大きな掌に包まれたいた。
矢上は親指で一生懸命あたしの涙を拭ってくれた。焦っているのか「あぁっ!あー…」と言いながらも、たまに心配そうな瞳であたしを見つめる。
「……心配したんだから」
無意識の内にあたしはそんなことを言っていた。
「へ?」
矢上は動きを止め、目を丸くした。あたしはハッとして口を押さえたが、もう遅い。
「それに、矢上が元気で…安心した」
線を引くよりも簡単に、すらすらと言葉は素直に溢れ出る。こんなにスムーズに気持ちを伝えられたのは初めてだ。
あたしは矢上の瞳を見つめた。黒く澄んでいて凜とした強さを持つ優しい目。今の矢上には当初の冷たさなんてちっとも残っていない。深く大きく、時々吸い込まれそうになるその瞳は、主の口元が緩むと同時に細くなった。
「心配掛けちゃってごめんね」
「うん…」
「座ろ?」
「うん」
あたしは矢上にそっと肩を叩かれるまま、ゆっくり腰を下ろした。矢上もあたしに向かい合ってあぐらをかく。
あたしたちのすぐ脇にはテーブルが立っていて、自分の目線にそれがあるのは何だか不思議な感じがした。テーブルと壁に挟まれて、二人だけの隠れ家みたいに外からあたしたちは見えない。それが新鮮でドキドキした。
「まず…ごめんなさい」
いきなり矢上が頭を下げた。
「音羽ちゃんが泣いたのってオレのせいだよね。音羽ちゃんに何も言わなかったから…」
あたしは矢上の言ったことが、全くその通りだったのでこくんと頷いた。それを見て矢上が笑う。
「素直だな。…まぁ、だからちゃんと言うね。オレね、今週ずっとバイトしてたんだ」
「バイト?学校休んでまで?」
「そう」
矢上が窓の外に目を向けた。あたしもそれにつられ、同じように窓の外を見る。
そこには雲一つない、綺麗な青空が広がっていた。
「明樹が死んで…」
あたしはどくんと心臓が鳴った。無意識に考えないようにしていたのかもしれない。だから今のように不意打ちをくらうと、あたしは何をどう言えばいいのか分からなくなる。
だけど矢上はそれを気にする様子は全く無い。あたしよりも、何倍も何十倍も辛かったはずなのに、どうしてこんな風にいられるんだろう。
「オレすげぇ考えたんだ。ずっと…考えて考えて考えて。それで、オレなりに出した結論が時間が許す限りバイトすることだったんだ。明樹のために…」
矢上は一度下を向くと、体の向きを変えて壁に持たれ掛かった。
「どうして?」
あたしがそう言うと、矢上は一瞬あたしを見つめた。そしてすぐに、床に視線を落とす。
「明樹の治療費はお世辞にもキレイな金とは言えない。明樹がもしそれを知ったら、たぶん悲しむ…。そんなお金で生きていたくないって言いそうで…」
はかなくて寂しそうな矢上の横顔。あたしは何も言えずただ、見つめることしか出来なかった。
「だからオレはちゃんとした金を作りたかった。明樹に費やした分、オレ自身が働いて稼いで、全部をみんなに返せれば明樹もみんなも許してくれるかななんて思って…」


H.S.Dの最初へ H.S.D 47 H.S.D 49 H.S.Dの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前