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君の名前
【純愛 恋愛小説】

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聖夜に降る雪-5

閑散とした路地を抜け、大通りへ出るといくらか明るくなった。
道なりに続く街灯と点在するイルミネーションが、雪に包まれながら夜の闇を照らしている。
すれ違う人々の笑い声がやけに耳につく。
時折、車が通り、その度に濡れた雪をわき道に飛び散らせていった。
コートのポケットへ両手を突っ込みながら、僕はすっかり鉛のようになった両足を引きずりながらこれからのことをあれこれ考えた。
これ以上何を言えばいいだろう。何を言っても、キョウコは答えてくれないのだろうか。今はまだ早いとか、少し考えさせてとか、せめてそれくらい言ってくれてもいいんじゃないのか。
不安が次第に苛立ちに変わろうとしていたところで、ふっと左隅に映っていたキョウコの姿が視界から消えた。驚いた僕は足を止めて振り返る。彼女は、うつむいたまま立ち止まっていた。
薄闇に雪が邪魔をして、表情までははっきりと分からない。しかしその小さな肩から、なんとなく彼女がこれから泣くんじゃないかな、ということが感じられた。
「キョウコ?」
彼女は動かない。
「どうした?」
それでも彼女は動こうとはしなかった。
瞬間、背筋の辺りを悪寒が走った。嫌な予感がした。僕があんなことを口走ったばかりに、まさかこいつ、とんでもないことを言い出すんじゃないのか。早鐘が僕の左胸を内側から叩く。喉は干上がり、頬が緊張で引きつりそうだ。
キョウコ。
そう呼んだつもりだったが、もはや声にはならなかった。
顔を上げた彼女は、案の定泣いていた。口元を一文字に結んで、肩が震えている。
ゆっくりと歩みより、キョウコが自分の額を僕の胸へのせる。さらに心臓が暴れた。
抱きしめようかとも思った。それなのに、こんなときに限って僕の両腕は石になったように動いてくれない。
「…テツ」
今にも消え入りそうな声で、キョウコが言う。
僕は黙っていた。
「ありがとう、テツ。私、幸せだよ。とっても」
「キョウコ?」
ようやく口にしたのが馬鹿の一つ覚えのように、彼女の名前だ。
「でも、私ね、テツに隠していることがあるの」
僕の寄りかかったまま、彼女が言う。必死に言葉を選んでいるのが分かる。
「隠していること?」
うん、とキョウコが答える。
「本当はね、私、手紙を書いたんだ。今夜、あなたに渡すつもりで。隠していること、テツの顔を見ながら話すの怖くて。嫌われるかもしれない。そう考えたら狂いそ
うで。一人でずっと悩んでいたの。手紙、ね。コートのポケットに入ってる。このポケットに。でも、渡すのやめるわ」
「え?」
「自分の言葉で、言わなくちゃ。あなたにどう思われても。でもね、これだけは信じてね。私はテツが好き。本当だよ。だからあなたの告白への答えは勿論YES。そんなの、決まってるじゃない」
キョウコの顔が、僕を見上げた。彼女はもう、泣いてはいなかった。真剣な顔だ。涙なのか雪が溶けたのか顔が濡れている。化粧も落ちかけている。たまらなくなって、僕は彼女の体を抱きしめた。僕と比べてどんなに小さな体だろう。
「結婚しよう」
僕はもう一度、告白する。
「それでさ、以前言ったように早く子供作ってさ。皆で遊園地へ遊びにいこうぜ」
少しの間を置いてから、ん、と彼女が小さく答えるのか分かった。
「プレゼント、渡しそびれちゃった」
「ああ。俺も。お前の話が終わってから、交換しよう」
僕は頷きながら、続けた。
「お前が何を言ったって、俺は受け入れるよ。何でも来い、だ」
僕の腕の中で、くすくすとキョウコが笑う。どこからか、聞き覚えのあるメロディーが聞こえた。
空気を小さく弾くような、懐かしささえ感じる音色。そう、まるでそれはオルゴールのような優しい音をしていた。


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