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H.S.D
【学園物 恋愛小説】

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H.S.D*13*-2

「音羽さん、お兄ちゃんね、音羽さんの話しかしないんですよ!」
「…まっさかぁ〜」
明樹ちゃんに向かってひらひらと手を振る。だけど、内心では、ドックンドックンという心臓の音が外に聞こえてしまうんじゃないかと心配していた。
そして、あたしは明樹ちゃんのそばでしゃがんでいる矢上の横顔を見て、動きが止まった。
矢上は俯いて、耳まで真っ赤にしていたのだ。
「なっ…!?」
体の奥の方から、じわりじわりと熱いものが込み上げてきて、かぁっと顔が赤くなるのが自分でも分かった。
「お兄ちゃん、明樹、喉乾いたからジュース買ってきてくれないかな。もちろん音羽さんのもね」
「あぁっ、うん、分かった!」
矢上は顔の赤いまますっと立ち上がるとものすごい勢いで病院内に入っていってしまった。
「明樹ちゃん、今のは…えっと…」
軽くパニック気味のあたしに明樹ちゃんは八重歯を見せて笑い掛け
「音羽さんにお願いがあるんです」
と言った。
あたしは熱い頬に冷えた手を当てた。明樹ちゃんにつられて、あたしも自然と笑顔になってしまう。
「何?」
「お兄ちゃんのこと、よろしくお願いします」
「…え?」
あたしは頬に手を当てたまま思考が停止した。なかなか言葉の意味が理解できない。
「よろしくって…え?」
明樹ちゃんはにっこり微笑んだまま何も言わなかった。その笑顔があまりにも綺麗過ぎて、あたしはなぜか目頭が熱くなるのを感じた。
「どうしてあたしに、そんなこと…?」
何かを話さなきゃ、涙が溢れそうだった。すると、明樹ちゃんはすっと手を前に出した。
「音羽さんは、ここで出来た最初で最後の友達だから」
明樹ちゃんの手はとても白くて、触れれば折れてしまうんじゃないかというくらい細かった。
あたしはその手を握るのを躊躇っていた。触れてはいけない芸術品のようなこの手に、あたしなんかが触れていいのだろうか。
そんな考えも明樹ちゃんの笑顔を見て吹っ飛んだ。
ゆっくり、あたしは明樹ちゃんの手を握る。
「うん」
握った明樹ちゃんの手はとても温かかった。ふと、あぁ生きてるんだと思った。
「ありがとうございます…」
明樹ちゃんが少しお辞儀をした。


「明樹、音羽ちゃん!」
暫らく二人で話していると、矢上がジュースを二本抱えて走ってきた。
「ありがと!」
明樹ちゃんが矢上からリンゴジュースを受け取る。
「音羽ちゃんはオレンジで良かった?」
「うん、ありがとう。あ、お金お金…」
「いいよ、これぐらい。はい」
ぐいとジュースを押し付けられる。あたしはもう一度頭を下げた。
「じゃあ、明樹は病室に戻るね!」
ジュースを膝に置き、明樹ちゃんは車椅子に手を掛けた。
「じゃあ、あたしも帰る」
「明樹、オレも行くよ」
「別にいいよ、一人で戻れるから!お兄ちゃんは音羽さんのこと、送っていって」
「あ、あたしは大丈夫大丈夫。一人で帰るから」
そうやって、手をひらひらさせて否定の意を示すあたしの意志はどこへやら。
亜樹ちゃんによる矢上への必死の説得で、あれよあれよという間にあたしは矢上と並んで中庭を後にしようとしている。亜樹ちゃんは優しく、輝くような笑顔を浮かべ、あたしたちが見えなくなるまでずっと手を振っていた。


矢上はあたしの自転車を押して歩いている。人一人分空けて、あたしは矢上に並ぶ。
「どうして言ってくんなかったの」
目の前にあるのはあたしたちの長く伸びた影。
「う〜ん…」
矢上が言葉を濁す。だからといって、急かすようなことはしない。あたしはただ、黙って矢上の影を見つめた。
「オレ言ったじゃん、同情されたくないって」
「うん…」
「だから言ったら絶対可哀相とか大変そうとか思われそうで…」
「うん」
矢上はぽつり、ぽつりと話しだした。あたしが思うに矢上のすべて…。


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