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H.S.D
【学園物 恋愛小説】

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H.S.D*13*-3

「オレんち、片親なんだ。小さい時に母さんが死んで…」
「うん」
途切れる度にあたしは小さく相槌を返した。ちゃんと聞いているということを矢上に示したかった。
「父さんは長距離運転手で、たまにしか家に帰ってこれないから、オレはチビの時から亜樹を守ってきた」
矢上は『面倒を見てきた』ではなく『守ってきた』と言った。本当に、矢上は亜樹ちゃんを大事にしてるんだと思った。
「それは兄貴として当たり前のこと。だけど、周りはオレたちを可哀相だと同情の目で見ていた…」
「…うん」
「心配してくれてるのは分かってたけど、悔しかったんだ。オレは亜樹を守れるのに、なのに、何で大人は子供扱いすんだって…。五歳のガキがさ、生意気だよね」
矢上は少し笑った。
「亜樹とオレは二人で生きてきたようなもんなんだ。だけど…」
「だけど?」
「…だけど、亜樹が今年の夏倒れた」
心臓がギュウッと伸縮した。ドックンドックンと音は大きくなってゆき、息が出来ないほど苦しくなる。
「…亜樹の病気、治らないらしい」
「………」
言葉が出てこない。そんなあたしと違って、矢上は淡々と話し続ける。
「オレがいたとこは、外の空気が汚すぎた。亜樹の外出禁止は目に見えてる」
「…?」
「亜樹は、小さい時から紅葉が好きだった。どうしても見せてやりたくて、オレたちはここに引っ越してきたんだ」
あたしは最初に亜樹ちゃんを見た時のことを思い出した。紅葉は亜樹ちゃんの周りを舞っていて、声が出なくなるほど綺麗だった。
「幸い、あの病院は医療も発達してる。亜樹の命を延ばすことは可能だった」
「うん」
「でも、それを維持するには金が掛かり過ぎたんだ。父さんの稼ぎじゃとてもじゃないけど払っていけない。オレがバイトで稼いでも、まだ少なかった」
あたしはハッとした。
「まさか、だから…?」
帰り道で初めて矢上の顔を見た。夕日に照らされた横顔は悲しそうに俯いていた。
「そう。だから、クラスの子たちから…ね」
あたしは複雑な心境だった。矢上がお金に困っていたのは分かった。だけど、たくさんの友達が傷付いたのもあたしはよく知っている。
「じゃあ、ブランド品は…?」
「全部、質に入れた」
ヒュウッと風が吹く。風の音がはっきり聞こえるほど、周りは静かだった。
「ホント、オレって最低だね。みんなに迷惑掛けてんのに、亜樹が生きててくれてすっげぇ嬉しいんだもん…。実はさ、前に音羽ちゃんがオレに『最低』って言った時、すげぇヘコんだ」
あたしよりもかなり背が高いのに、矢上の体が小さく見えた。矢上の背中にどれだけたくさんの物が乗っかってるのかと思うと、あたしは胸が苦しくなった。
「矢上、同情されたくないのは分かる。大変だね、なんて言っても矢上がどんだけ大変だったかなんて、正直第三者のあたしには分からないもん」
体の奥から沸き上がってくる感情は、喉を通り言葉となって溢れ出る。止まらないし、この想い、あたしの意志では止められない。


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