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H.S.D
【学園物 恋愛小説】

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H.S.D*12*-1

あたしは自転車を邪魔にならないような駐車場の端に停めた。
「…ふぅ」
自転車を飛ばしてきたので、病院までは十分も掛からなかったがさすがに少し息は弾んでいた。


あたしは好美が矢上らしき人を見掛けたという病院の前に来ていた。
こんな田舎にしては新しくて立派な病院だと思う。七階立てのその建物は雲のように白い外壁で、大きな敷地内に悠々と聳えていた。建物全体は『コの字』型をしていて、その空いた中心部は『中庭』と呼ばれていた。ベンチが所々に備えられ、桜と紅葉の木が植えられており、今の季節は紅葉狩りを楽しむ患者さんがたくさんいる。と、好美に聞いたことがある。
「よしっ」
あたしはカバンを掛け直して、気合いを入れた。


中庭は一般の人も入れるようになっているらしく、案内図によれば、あたしが自転車を停めた場所から真っすぐ行き左に行けばいいらしい。
あたしは一度、自転車を停めた場所に戻り案内図にそって歩いた。
どうやら、この石畳の道が中庭に続いているようだ。左側には壁にそって花壇が作られている。しかし、今は季節ではないからか、花の姿はなく、フカフカした赤茶色の土だけだった。
右側には腰丈の柵が刺さっていて、すぐそこに細い道路が通っている。そしてその道路の向こうには、収穫まじかの黄金色の絨毯が広がっていた。頭を重そうに垂らした稲穂は、風が吹くたびそれに揺らされ波を描き、風の通りを示してくれる。ほのかに、爽やかな草の香りがした。
中庭に近付くにつれ、だんだんと足元に紅葉の葉が増えてくる。真っ赤に色付いた紅葉は風が吹くたびにかさりと動き、あたしには楽しそうに踊っているように見えた。
石畳は左に曲がっていて、それに従う。少し歩くと、すぐに左側の視界が拓けた。
あたしが中庭に着いた瞬間、急に強い秋風がヒョウッと吹いた。あたしは咄嗟に目を瞑る。
風はたった一瞬だったらしい。ゆっくりと目を開ける。


中庭を見たあたしは、絵画の世界に入り込んでしまったかと思った。


広い中庭、白いキャンパスをバックにハラハラと舞う赤い紅葉、その中で空に手を伸ばしている白いニットの帽子を被り、淡いピンクのパジャマを着た車椅子の少女の横顔…。
その姿が遠目で見るとはかな気で、まるで幻のようだ。


何も考えずに綺麗だと思った。心臓の音がとくんとくんと体中に優しく響いている。
女の子がこちらに気付いた。
「こんにちわっ!」
思っていたよりも元気で明るい声に、あたしは驚いたが、それも最初だけ。
「こんちわ!」
あたしも挨拶を返すと、その子に近付いていった。
近付くにつれ、あたしはおかしな感覚に襲われた。
黒く輝く大きな瞳、白くて透き通るような肌、形のいい唇…どこかであったことがあるのだろうか。
「誰かのお見舞いですか?」
あたしがその子の前まで行くと、あたしを見上げながら話し掛けてくれた。
お見舞いですか?と聞かれると、ちと困る。
「う〜ん、お見舞いっつぅか偵察っつぅか…極秘捜査っつぅか……うん、お見舞い」
散々迷った挙げ句、この場ではお見舞いということにしておく。
「本当ですかぁ?まぁ、そういうことにしておきますけど」
あたしの答えを聞くと、その子は悪戯っ子のように笑った。
「患者さんですか?」
今度はあたしが話し掛ける番。その子は落ちてくる紅葉を目で追いながら
「うん。八月の終わりから入院してるんです」
と言って、最後にあたしの方を向いた。
「そうなんだ。毎日暇じゃない?」
あたしは、今まで一度だけ入院したことがある。幼稚園の時、風邪を引いて40℃以上の高熱が続いたので、一週間ほど入院したのだ。その時のことは少ししか覚えていないが、『暇だ』と思ったことははっきりと覚えている。


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