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H.S.D
【学園物 恋愛小説】

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H.S.D*6*-1

クラス全体の空気がピシピシィッと一瞬で固まった。教室の端から端まで、全ての顔がこちらに注目している。…というより、呆気に取られている。
かくいうあたしも瞬きを忘れ、開いた口が塞がらないまま、矢上を見ていた。
おそらく、矢上の甘いマスクはチリ辺りまでぶっ飛んでいるに違いない。
腕を組み、眉間に皺を寄せ、窓際から順々に一人一人と目を合わせていく。
「聞けよな…」
静かな、だけど突き刺さるような矢上の声。いつもの甘ったるい喋り方とも全く違う。
もはや声どころか、人間まで違うようだ。『矢上 瑞樹』という人間はとっくに、忘却の彼方へと旅立っているんじゃなかろうか。
「音羽は甘過ぎんだよ」
ふいにあたしの耳元で矢上が囁いた。
音羽って…呼び捨てかよっ!つぅかキャラ違ぇよ!
そう思った時だった。矢上の眉間の皺が一気に消えて、代わりに『笑顔のお面』が付いていた。
矢上が前を見据えた。
「オレらのクラスは喫茶店するじゃん。でね、喫茶店は喫茶店だけど、バイキングみたく、自由に食べれるようにしようかと思ってるんだ。どう?みんなは何か意見ある?」
つい三十秒前とは別人のように明るくペラペーラと話す矢上と対照的に、しんとしている教室。近所の人とすら話そうとする人がいない。
「何も無いの?後から文句吐けられてもオレ、キレることぐらいしか出来ないんだからね。今の内だよ?」
矢上が教卓に手を付き、上目遣いに教室を見渡した。そう矢上に言われてみんなはちらちらと仲の良い子同士が目を合わせているようだが、やはり発言する子はいなかった。
「無いの?そんじゃあ、喫茶店の運営の仕方はバイキング風ってことでいい?いい人は手ぇ挙げてっ!」
矢上が「はぁーいっ」元気良く手を挙げる真似をした。
それに釣られたのかどうかは分からないが、引っ掛かりながらも結局クラス全員が手を挙げていた。
その光景を見た矢上は満足そうに少し息を吐き、そして、顔をキッとしかめてゆっくり口を開いた。
「みんな、今賛成したよね。これでみんなは文化祭を成功させなきゃいけないんだからね?責任無い奴なんて、関係ない奴なんていないんだ。全員が参加しなきゃ意味ないじゃん…?」
初めて見た矢上の真面目な顔に、あたしは少し、ペアが矢上で良かったかも…と思ってしまった。友達には口が裂けても言えないけれど…。
だから、あたしも矢上と同じことを思っていた、なんてのも誰にも言わない。あたしの中だけの秘密にしておこう。


それから順調に話し合い、と言うより矢上のワンマンショーは進み、四時にはあたしと矢上だけが教室に残されていた。
「ほとんど脅しじゃん」
あたしは机の中の物をカバンに詰めている矢上に話し掛ける。
「そうかな?だってアレぐらいしなきゃ、何にも出来なかったでしょ」
矢上は肩にカバンを掛けた。
「でも、キレた時は本当ビビッた…」
「へぇ、まさか音羽ちゃんがそんなこと言うなんて思わなかったよ」
「…ありがとう」
「へ…?」
唐突なあたしの言葉に、矢上の動きが止まった。
そんな矢上をあたしはゆっくりと見上げ、自分の中では上位に入る程の笑顔を見せた。
「あたし、あの時、すごく不安だったんだ。矢上が言ってくれなかったら…あたしはたぶん…泣いてた」
どれだけ悲しかったか。どれだけ悔しかったか。
そして、少し強引だけど矢上の行動がどれだけ嬉しかったか。
しかし、そんな青春の一ページを矢上はビリビリと引き裂いた。
それは、矢上の高笑いから始まった。
「アッハハハハッ!!」
あたしの頭は今のこの状況を処理しきれず、オーバーヒートを起こしそうだ。
「そんなお礼言われることしてないよ?そもそも、アレは音羽ちゃんのためじゃないもん」


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