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『半透明の同居人』
【悲恋 恋愛小説】

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『半透明の同居人』-13

 「僕が殺した・・・?」
 「違う。あなたが殺したわけじゃない。あれは仕方なかったのよ。全ては連れて行った私がわるかったのよ・・・」
 母はそう言って顔を伏せた。
 「いいや・・・俺があそこで呼ばなければよかったんだ」
 僕はルイを見つけて大きく手を振った。それに気付いたルイは、目の前が道路であることを忘れて、飛び出してしまった。運が悪かった。めったに車が通らない道路に、そのときに限って車が通り、そして、ルイを撥ねたのだ。ルイの体は大きく車の進行方向へ飛ばされた。そして、僕が見たのは動かないルイの姿。バンパーが大きく拉げた車が事故の衝撃を物語っていた。ルイの元へ僕と母と撥ねたドライバーも駆けつけたが。彼女はまるで人形のようだった。命が抜けてしまったように。でも、それが明らかに元人であることを示してしたものは、ルイから染み出してきた、夥しい血だった。僕はその赤を見つめていた。ドライバーがうろたえた声が聞こえる。しかし、それは何十メートルも離れているように聞こえた。母が僕を抱きしめる。ざわめく野次馬。救急車のサイレン。全ての音が遠くで聞こえ、やがて消えてゆく。動かないルイだけが僕の視界に映った。そこで、記憶が途絶えている。
 「その後、あなたは気を失ったの。急いで病院に運んだ。医者が言うには、きっと驚いて気を失ってしまったのだろうとよくあることだともおっしゃっていたわ。暫くして気がついたあなたは、自分がどうして病院にいるのかわからないようだった。それどころか、ルイちゃんのことを全て忘れてしまったようだった。正確には封印したようなものだったのかもしれないけれど」
 僕が殺した。それと同じようなことだと思った。僕が呼ばなかったら。僕がルイに気がつかなかったら。僕が会いに行かなければ・・・多くの後悔がこだましたけど、それは虚しく響いて胸で散った。僕は何も出来なかったのだから。助けを呼ぶことも、動かないルイに話しかけることも。怖かった。自分のせいで車に轢かれてしまったことよりも、死んでいくルイの姿を見つめることを僕は怖かったのだ。


 ルイは僕の実家のすぐ近くの家に住んでいた。でも、今はもうなくなっている。引っ越しの際にルイの生家は取り壊されてしまっていたから。ルイの両親はここには戻らないことを知っていたのだ。今でもルイの家があった場所は空き地になっている。僕はその空き地に向った。ルイがいると思った。ルイは僕から半径10メートルの距離から出られない。まさにその10メートルが僕実家とルイの家の距離だったのだ。
 空き地の隅にルイの姿はあった。それは半透明な弱々しい姿で、彼女はしゃがんでいた。半透明に見えたのは暗かったせいかもしれない。近づくと彼女の姿ははっきり見えていた。
 「ルイ・・・」
 「やっと、思い出したね」
 ルイはゆっくり立ち上がり、僕と目を合わせた。ルイと会うのは半年ぶりだった。いいや、15年ぶりなのだろうか。やはり、寂しそうで、でも綺麗な瞳で微笑んでいた。
 「ごめん。僕は・・・ルイを」
 「リクちゃんのせいじゃないよ。謝らなくていいよ」
 ルイは空を見上げると手を広げ大きく深呼吸をした。
 「私ね・・・リクちゃんのこと大好きだった。小さい子どもだったけど大好きだったの」
 「僕もルイが好きだったよ。ルイが転校してから、自分がまるで抜け殻になったみたいに、毎日がつまらなくて、友達と遊んでいても何か物足りなくてさ」
 「ふふ。・・・本当はもっと・・・もっと、たくさん遊んだり、たくさん話したりしたかったんだけど・・・でも、それが叶わなくなっちゃったから。暗闇の中で、ずっと寂しかったの。それが、ある日死んでから10年以上経って、あなたの元に憑くことになった。これは私の意志じゃないけど・・・ううん。やっぱり、私の意志だったのかもね」
 そう言って目に涙を浮かべ、彼女はかぶりを振った。
 「きっと、私が出てきたのは、自分の気持ちにけじめをつけるためなんだと思う」
 「そんな・・・ルイ、僕はお前のことが・・・・」
 その先を言おうとしたがルイに言葉を遮られた。
 「ダメ・・・それ以上言わないで、悲しすぎるから。私のは叶わない想いで終わるから。でも、あなたは未来があるのよ。それを、奪う権利は私にはない。それに、私が出てこれたのは、自分にけじめをつけること以外に、もう一つ理由があるの」
 ルイは目の前に、指を1本立てた。
 「あなたの幸せを願って、見守ること・・・」
 それは、きっと僕とリカの結婚のことなのだろう。確かにルイと僕は結ばれることは決してないだろう。仮に結婚をせずに、ルイとずっと一緒にいる道を選んでも、ルイはそれを決して喜ばない。それでも、僕はルイに遮られた言葉を伝えたかった。


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