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銀の羊の数え歌
【純愛 恋愛小説】

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銀の羊の数え歌−20−-1

街の歩道に沿うようにして立ち並ぶ裸の木々も、今夜ばかりはきらびやかなイルミネーションをまとい、遠く夜の空を照らしている。 僕はいつもの倍くらいはある人ごみの間をぬうようにして、デパートの自動ドアから中へ滑り込んだ。店内の熱気が波のように押し寄せてきて、息が詰まる。目をとじて石を投げても、間違いなく誰かにはあたるだろう。いくらクリスマスイブとはいえ、この混みようはちょっと異常だ。
朝のバス停のような人だかりに身を置いて、僕はエレベーターを待った。
しばらくすると、めんどくさそうにドアがひらき、乗っていた人達を吐き出して、入れ替わり僕らを飲み込んだ。普段は広く感じられる箱の中が、まるで押しくらまんじゅうみたいな状態だ。密度が濃く、酸素が頭の上にしか浮かんでいないような息苦しさは、仕事帰りの僕にはちょっとつらい。
五階の玩具売り場でエレベーターはとまり、ドアが再びひらく。一番奥にいた僕は、客を押し分けるようにしてそこから脱出した。
「さて、と」
よれたコートの襟を直しながら辺りを見回して、うろうろと目的のものを探す。どこもかしこも人と玩具であふれていて、なにがなんだかさっぱり分からない。と、一番手前の棚にそれを見つけて、僕は足をとめた。
ホッと胸を撫で下ろしながら歩み寄る。
置いていなかったらどうしようかと思った。 背丈はちょうど僕のひざくらいだし、形もなかなかいい。装飾品のライトもセットになっているわりに、値段の方も申し分ない。
これなら、きっと彼女も喜んでくれるだろう。
僕は棚にのっている小さなクリスマスツリーを手にとると、柊由良の笑顔を想像した。 当初予定していた絵本は、結局どこにいっても見つけられなかった。ものすごく悔しいが、しかたがない。きっと、もうどこの本屋にも並ぶことのない本だったのだ。あとで時間のある時にでも試しに注文してみて、在庫にあるようなら、クリスマス以外のプレゼントとして柊由良にわたしてやればいい。
とりあえず、今回のところはこのかわいいクリスマスツリーをプレゼントしてあげよう。 僕は箱に入ったツリーのセットを小わきに抱えると、それとは別に、カラーの電飾の入った袋もふんぱつして手にとった。

真壁から携帯に電話があったのは、僕が外へ出て、駐車場へむかう途中のことだった。
「よぉ藍斗、元気か」
あれほどクリスマスはいやだとか言っていたわりには、やけにごきげんな、弾んでいる声だ。ひょっとして酔っているのだろうか。
「なんだよ。ずいぶん楽しそうな声だな」
携帯のむこうで、真壁がげらげら笑うのがきこえる。どうやら本当に酔っぱらっているらしい。
「で、結局、絵本は見つかったのかよ」
と唐突に真壁は言った。ヤツが話題を振る時はいつもこうだ。なんの脈絡もない方向から、突然飛んでくる。プレゼントの入った紙袋が周りの人波にぶつからないように気をつけながら、僕はため息をついた。
「いや、なかったよ。代わりにクリスマスツリーにした」
「やっぱりか。昔の本だしな」
「あとで注文でもするさ。在庫にあればの話だけどな」
「注文?そうなの?ふぅん」
なんだか含みのある言い方だな、と思いながら無理やり袖をあげて腕時計を見る。


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