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微笑みは月達を蝕みながら
【ファンタジー 官能小説】

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微笑みは月達を蝕みながら―第壱章―-7

 女が手を組み、その上にあごを乗せた。そんな何気ない仕草がモデル以上に様になっている。先ほどアレだけ痛々しいことをしていたとは思えない。
「えっとね……まぁ、特に話すことはないと言えばないんだけど……自己紹介、しておきましょうか。私の名前はレン。そっちの子が白。この子がシン」
「この子?」
 この子って……
「もしかして、この猫のこと…ですか?」
「そうよ」
「俺を診てくれたのは……シンさん、って聞いてるんですけど」
「そう。だからこの子が診たの。お腹が空いて倒れただけだから心配要らないって」
 本格的にヤバイ人らしい。
 無意識に助けを求めて、白のほうを見る。
 だが驚くべきことに、白も真面目な顔で頷いた。
「私達はね、人間じゃないの」
 レンが言葉を紡ぐ。夕は言葉が見付からない。
「そうね、所謂……吸血鬼、なんでしょうね」
「…………」
「あ……信じてないのね? 別に証拠を見せてあげてもいいけど」
 白、とレンが少女の名を呼んだ。どこか沈鬱そうな、重苦しい表情で立ち上がる。
 白が手に何かを持ってきた。夕が受け取ったそれは、鏡だった。
「これ、普通の鏡なんだけど」
 夕が映っている。何よりも目立つ、その赤い髪が夕は大っ嫌いだ。
「ほら、ね」
 白とレンが後ろに立ち、鏡に姿を――
 鏡は、映さなかった。服は映しているのに、その顔が、髪が、姿が映らない。
「……なんかのトリックだろ?」
 どんなトリックかは想像つかないが、だってまず物理的にありえないことじゃないか。

「そう言うと思ったわ」
より一層美しく微笑むと、「シン」と白猫に声をかける。
「ねぇ、そろそろ機嫌直して。何か喋ってくれない?」
「……別に不機嫌になったわけではない。過去の自分が主人に忠誠を誓った、その判断に疑問が出ただけだ」
――喋った? 猫が?
「ええええ!?」
「どう? 信じてくれた?」
夕は口を金魚のようにパクパクさせた。言葉がうまく見つからなくて、
「こ、これもトリックだろ?」
何故こんな手の込んだトリックを使ってまで夕を騙さないといけないのかとか、そういった思考は頭から抜け落ちていた。
レンは困ったように微笑っている。
「じゃあこれを見たら、今度こそ信じてくれる?」
左の袖を捲り、眩しいほど白い腕をあらわにする。その華奢な腕は今にも細く、折れそうで――
不意にざわ、と黒い獣毛が腕を覆った。体積が増していき、形そのものが変化し、五指があるはずの手は獣の頭に変わって、
獣の金色の瞳が夕を睨んだ。
「うわあぁあああ!!?」
椅子から転げ落ちる。同時にずるり、と獣が床に落ちる。レンの左肩から先が無くなっていた。
「………『狼』」
白の忌々しげな呟きは、夕の耳に届かなかった。
「『霧』」
レンの小さな声に、黒い狼は白い霧に霧散した。
白い霧はゆっくりと元にあったレンの肩に纏わりつき、
元の白い腕に、戻った。
「……………!!?」
「どう? 信じてくれた?」
「……ほ、本当に本物の……吸血鬼……?」
信じたくはない。だが、一体どんなトリックを使ったら今のような芸当ができるというのか。
「そう。でも白はね、元は人間なの。だから、『主人』である私のような能力は使えない」
「しゅ、じん?」
「『元からの吸血鬼』。私とかは所詮……まがい物、だから」
白が暗い顔で説明する。
何よりもその顔で、これは本当の話なんだと理解した。
「他にも能力は持ってるの。今のは『変換』。私は『狼』や『霧』、『蝙蝠』とかあと『蛇』にも『変換』出来るの」
結構色々出来るのこう見えても器用なほうだから、そんなレンの言葉は頭に入らない。


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