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ミライサイセイ
【悲恋 恋愛小説】

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ミライサイセイ final act 「未来、彩、say」-1

『ねぇ、あきら。このまま、時が止まればいいのにね』
卒業式の前日、ふたりで校内を散策し、思い出を反芻しながら、あやは呟いた。
その消えそうな語調に、僕は堪らなく不安になった。
あの時、あやは既に自身の未来を悟っていたのだろう。
『これからだって、きっと楽しいことだらけだよ。あや』
僕は、あやとのこれからを思い、溢れる幸福を創造していた。
その目の輝きに、彼女は距離を置いた。
違うんだよ、と。
その時の自分を、僕は哀れむ。
気付いてやれよ、と。気持ちが離れていることに、お前だけは気付くべきだろう?
ふたり、同じ空間にいながら、同じ想いを共有しながら、秘めるは希望と絶望のミライ。

僕は三年ぶりに母校を訪れ、高校三年時の教室に入る。
何も変わっていない三十七個の机と椅子に、込み上げてくる感情がある。そのひとつに腰をかけ黒板を見上げると、幾人かの先生の顔が浮かんだ。
特に興味深い授業は、クラス担任である屋代先生の物理の授業だった。彼はゼロの概念にいつも疑問を抱いていた。
「ゼロとは何だ?」が口癖で、周りから見れば変人の類である。僕が共感を持てた数少ない先生であった。
「例えば、ここに一本の鉛筆が在る。長さにすると十センチ程度だろう。これを、このように割ると」言って、バキッと豪快に半分に折った。偉人は周りのことなど気にはしない。「ちょうど半分くらいだ。五センチだな。順々に細かくしていく。どこまで細かくできる?可能不可能の話ではない。技術を伴えば、どこまででも小さくできる。目には見えないほど、ミクロン単位まで。まぁ、詳しく言えば原子オーダーのオングストローム単位だが。けれどゼロにはできない。0.0000と小数点は限りなく続くけれど、最後に1がつく。ゼロではない。1から2は連続的だが、ゼロとゼロ以降は繋がっていないんだ」
無論、生徒は誰もついてこなかった。
結論、先生は何かに憑かれていたという噂。
興味を抱いたのは、僕だけだった。「それじゃあ、ゼロなんて、この世界には存在しないんですか?」
「そうだな。何も無い状態なんて、この世には無い。僕らが生活している、この世界は、ゼロ以降で成立している世界だよ。そもそもゼロなんて言葉さえ定義するのはおかしいのさ。それは『無』だからね」
例えば、宇宙の始まりとか、生命の誕生とか、思考の起源とか、全てはゼロからの出発ではない、ということ。
例えば、兄が死んだとして、それはゼロへの収束ではない、ということ。
みつひさ兄さんは、消えたのではなく、『僕らから見えない形になった』のだ、という救いがあるような気がした。
今も兄さんはどこかで、僕らの暮らしを見つめている。
そんな話をすると、あやは『気持ち悪い』と悪びれもせず即答した。
だな、こんな考えは気持ち悪い。「先生、気持ち悪いそうです」隠さずに密告すると「当たり前だよ、お前」と先生は意にも介さなかった。偉人は周りのことなど気にはしない。

椅子に座りながら窓の外に目を向けた。
丸い夕日が、今まさに隠れようとしている。
校庭からは、部活に励む生徒の声が聞こえてくる。
それは遠く、今の自分に重ねることが出来ない。
教室内を見渡す。かつてそこに在った喧騒を思い出す。三年しか時を経ていないのに、その日々は、遥か。
ガラ
急に開けられたドアに、僕は驚いた。
「お、いたな。あきら」
それは懐かしい顔だった。「屋代先生」
「どうしたんだ、急に。卒業生が尋ねてくるなんて珍しいぞ」
「ちょっと、ここで待ち合わせをしているんですよ」
「へぇ」
「先生は、お変わりないですね」
「そりゃ、まだお前が卒業して三年しか経っていない」
「三年も経ちました」
「お前も変わってないよ」
言われて僕は、考える。


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