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銀の羊の数え歌
【純愛 恋愛小説】

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銀の羊の数え歌−19−-1

 ふぅ、と深いため息をついて、真壁は最後の食器を戸棚にしまった。
閉店後の『OZ』だった。
日曜日で客の入りが多かったせいか、いつもよりも後片付けに手間取ったらしい。
時計の針は、すでに十時を回っている。
スツールに腰掛けていた僕は、カウンターにほお杖をつきながら、おつかれ、と声をかけてやった。
「おお。なに飲む?紅茶とコーヒー」
夏とはどこか違う静寂の中に、真壁の声だけがうつろに響く。
「今日は、レモンティー。あ、ホットで」 「はいはい」
エプロンをはずした真壁が、目の前の蛇口をひねってヤカンに水を入れ、コンロのうえにのせて、つまみを回し火をつける。
なんとなくその一連の動作を眺めていたら、急に胸の奥から言いようのない不安がどっと込みあげてきてしまった。
こんなところで、こんな風に余裕でいていいのかな、と切に思った。
相変わらず本屋巡りは続けているのだけれど、結局、今のところ本は見つかっていない。 ここまでくると、最近ではもうどこの本屋にも置いていないんじゃないだろうか、と諦めの念さえ沸いてきている。だけどその一方では、やっぱりあの本を手に入れて、どうしても柊由良に喜んでもらいたいとも思っていた。
この焦りは、両立されたその現実と希望の二つの狭間で生まれた摩擦熱のようなものだ。 炎天下に長時間さらされたようにジリジリと熱く、鼻につくほど焦げ臭い。
とにかく、クリスマスまであと二日しかない。それまでに、『銀の羊の数え歌』をなんとしてでも見つけだしたかった。
「そういえばさぁ」
ふと思い出したような真壁の声に、僕はうなだれていた顔をあげた。
「お前、夕飯食ったの?」
「いや。食べてないよ」
言われて気がついた。そういえばそうだった。病院にいたり、商店街を歩き回って
いて、夕飯どころか今日一日食べることを忘れていた。
真壁から受け取った、いれたばかりのティーカップから、柑橘系の香りが白く立ちのぼっている。いい匂いだ。さっきまであった無性ないらつきも、いっぺんに払い落とされるように感じる。と、真壁が僕の顔をのぞき込むように、カウンターから身を乗り出してきて言った。
「なぁ、それ飲んだらさ、久々に一緒に飯食いにいこうぜ。近くにおいしいラーメン屋を見つけたんだ」
「へぇ」
そう言われたら、なんとなく腹が減ってきたような気がする。
「よし。食べにいくか」

戸締まりをちゃんと確認して、それから店の電気を消す。外へ出る時は、いつも裏口からだ。ドアにしっかりと鍵をかけた真壁がクルリと方向転換して、ほんじゃあいきますか、と並びのいい歯を見せて笑った。
今日も冷えた夜だ。
凜とした空気に、ガラスのようにはりつめた静寂、晴れた漆黒の空には小さくて金色の満月がぺったりとはりついている。
二人分の足音をききながら、薄暗い道を僕らは並んで歩いた。
真壁の話では、ここから太い車道へ出た角に、そのうまいラーメン屋があるらしい。徒歩でも、せいぜい十分というところだろう。


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