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銀の羊の数え歌
【純愛 恋愛小説】

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銀の羊の数え歌−18−-1

彼女が一つでも多く笑えるように。彼女が一頭でも多く銀の羊を数えられるようにと、あの日から僕は日曜日だけではなく、時間さえあれば平日でも病院へ足を運ぶようになった。あの日というのは、もちろん、柊由良と中庭で話をした日のことだ。
見舞いに行っても、残念ながら会えない時もあった。日を重ねるにつれて、その頻度も増えていった。
理由は検査のためというのがほとんどだったけれど、他には彼女の精神状態が不安定であったり、体調が悪かったりと、事情はその時によって様々だった。
それでも全く諦めず、何度も柊由良の元へ会いにいったのは後悔したくなかったからだ。 そう遠くない将来、僕は柊由良を失う。
それはもう、どんなにあがいても変えようの出来ない、決定された未来だ。
だったらせめて、それまでの短い時間。限られた日々を、精一杯、彼女のために使いたかった。それが、僕が彼女にしてやれる唯一のことであり、同時に自分のためでもあった。 いつか訪れる、身を引き裂かれるような喪失の痛みに、後悔まで加えたくはなかったのだ。
そうやって足早に数週間が過ぎ、数カ月が経って、気が付くとすでに十二月の頭に入っていた。月日の流れというのは、本当に早いものだ。
例のごとく、その日も病院の帰り道だった。 頭のうえには、すでに夜の闇がびっしりと広がっていたけれど、こうして僕が歩いている商店街のアーケードは、まだ真っ昼間のように明るい。ツリーや点滅する小さなライトなんかの、少し気の早いクリスマスの飾りのせいだ。
そこらへんをぶらぶらしていた僕は、ジーンズのポケットに両手を突っ込んだまま、本屋の前で、ふと足をとめた。
そういえば、この店にはまだきていなかったな、と心の中で呟く。
条件反射みたいに腕時計へ目を落とす。
九時三十分。
ここは確か閉店が十時のはずだから、あと三十分は余裕がある。立ち読みにはちょっと足りないけれど、捜し物をする分にはそれくらいあれば十分だ。そのまま僕は、吸い込まれるように自動ドアをくぐって店内へと入っていった。
このところ、僕は本屋を見つける度に、こうして立ち寄ることにしている。
どうしても手に入れたい本があったのだ。 その本のことを知ったのは、つい一週間ほど前、久しぶりにいった『OZ』でのことだ。 相変わらずなんの悩みも無さそうな真壁と、カウンターを挟んで馬鹿話をしている時だった。僕が何とは無しに柊由良の話題を持ち出して、そこから、思い出したように銀の羊の数え歌の話をしてやると、真壁から予想もしていなかった答えが返ってきた。
「ああ、銀の羊か。懐かしいな」
なんと、驚いたことに、ヤツはこの数え歌のことを知っていたのだ。これにはさすがの僕もびっくりして、コーヒーの入ったカップを口の前まで持っていったきり固まり、二の句がつなげなかった。
僕はてっきり、柊由良をちょっとでも喜ばせようとした、彼女の母親の作り話だとばかり思っていたのだ。
まさか、この話が実在していたものだったなんて今の今まで考えてもみなかったことだ。 「あれ、お前は知らないの?」
僕の顔を見るなり、タオルで皿を拭いていた手をとめて真壁が言った。
「小さい頃に読んでもらわなかった?」
「いや、初めてきく」
僕は首を振った。本当のことだ。
「そっか。俺は昔によく、おふくろから読んでもらったよ。絵本なんだけどさ」
「絵本?」
「ああ、タイトルはそのまんま、『銀の羊の数え歌』って言うんだけどさ」
とたんに、その本を目にしたいという衝動に駆られた。いや、出来るなら欲しいとさえ思った。柊由良に見せてやりたかった。
「で、その本はまだ持ってるのかよ」
思わず腰を浮かせて、僕は真壁にきいた。
ヤツは肩をすくめると、あるわけないだろ、と苦笑した。


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