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銀の羊の数え歌
【純愛 恋愛小説】

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銀の羊の数え歌−17−-1

一昨年の冬、おふくろが癌で死んだ時でさえ、今ほど落ち込んだりはしなかったのだ。
真壁があんなふうに心配するのも当然だと思う。僕だって驚いている。まさか、柊由良の命が長くないときかされて、これほどまでに動揺する自分がいるとは知らなかった。
けれど、その理由にもそろそろ感づいていい頃だった。いや、認めなければならない。
柊由良がそばにいる時、僕の心は太陽の下におかれたように明るく照らされ、そして同じくらいの強さで心地よい緊張感も感じていた。気が付けば、彼女の姿を目で追っていたりもしたし、会えない日はなんとなく落ち着かなかった。
そういったあれこれは、まるで枝分かれした川が、実は突き止めてしまえば全て同じ場所へつながっているのによく似ている。
そう、以前、琴菜が言ったことは本当だったのだ。
いつからなのかは僕自身よく分からない。一緒に仕事をしていくうちにそうなっていったのかもしれないし、手紙をもらった時点だったのかもしれない。ひょっとすると、もっと前、初めて会ったあの瞬間からすでに始まっていたのかもしれない。
とにかく、畑野さんの言葉をきっかけに、今までちぐはぐだった感情のピースが、おさまるべき場所へおさまったという感じだった。 僕にとって、つまるところそれが恋であると気が付いたのは、多分、その日が最初だったと思う。
かといって、それで僕らの関係がどう変わるというわけではない。いつもどおり週末には彼女を見舞って、いつもどおり楽しくお喋りをして、そしていつもどおり、胸を痛めながら次に会う約束をする。それだけだ。
日曜日。
その日も僕は、彼女との約束どおり病院へ足を運んだ。風の吹く、よく晴れた日だった。 僕はベッドの隣りの丸椅子へ腰掛けて、オーバーテーブルの上で、僕の買ってきたチーズケーキを黙々と口に運んでいる柊由良の横顔を眺めていた。それにしてもすごい食欲だ。 いまだに彼女の命が長くないということを完璧に信じきれていないのは、別に畑野さんの言葉を疑っているわけではなく、柊由良が、あまりに普段と変わらず彼女らしかったせいだと思う。
けれど今の僕にとっては、そのいつもどおりの柊由良を見ることが一番つらかった。
「ねぇ、藍斗センセ」
チーズケーキに手をつけてから、初めて柊由良が口をひらいた。僕は瞬時に笑顔を
作ると、どうしたの、ときいた。
彼女は口をもぐもぐと動かしながら、
「これ全部食べたら、外に遊びにいこうよ」 と言った。
「中庭に?」
「うん」
柊由良が大きく頷く。
僕は返事にためらった。彼女の体で、はたして外へ連れ出していいものだろうか。
すると、僕の不安を読み取ったように、柊由良が付け加えて言った。
「昨日もね、外でお散歩したの。暖かくて楽しかったよ」
「え、昨日も中庭で遊んだの?」
彼女は、うん、とさらに大きく頷いた。
そういうことなら、と僕も頷き返した。
「いいよ。それ食べたら、ちょっだけ中庭に遊びにいこう」

外は相変わらず日差しが強かったけれど、絶えず風がそよいでいるせいか、それほど暑さは気にならなかった。
僕らは、人のまばらな中庭を、どこを目指すともなくぶらぶらと並んで歩いた。
「気持ちいいねぇ」
僕の右隣りで、大きく伸びをしながら柊由良が言った。オフホワイトのノースリーブから剥き出しになった両腕の白さが眩しくて、思わず僕はそこから目をもぎ離した。
「具合どう?大丈夫?」
心配してきくと、彼女は顔中に笑顔をにじませながら、元気だよ、と答えた。そういうわりには、前みたいに走り回ったりはしなくなったな、と僕は思った。
ちょうど中庭の中央ほどまでくると、いきなり柊由良が目の前に回り込んできて、僕の手をとって引いた。


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