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パルティータ
【SM 官能小説】

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パルティータ(後編)-10

 公園のベンチに座って、女はすっかり歯が落ちた樹木の間に老人の面影を浮かべた。そしてゆっくり眼を閉じた。
 記憶に浸っていたのか、眠っていたのかわからない。目の前には白いシーツで包まれた遺体が布団の上に横たえてある。女はそのシーツをゆっくりと剥いだ。そこにはあの老人の裸の遺体があった。見覚えのある顔は安らかに眠っているようでもあり、薄く眼を開き、生きているようでもあった。
老人は全裸だった。肋骨が浮き出た胸、細い腕、角張った腰骨、肉が薄く削がれたような脚。皮膚を凍らせたような蒼白い萎びた肉体の中で、下腹部のものだけが幽かに血の気を残し、堅さを含んだように情欲を放恣し、異物のように勃起していた。いや、老人は勃起したまま死んだのかもしれない……女の脳裏にそんな愛おしい想いがよぎった。
女もいつのまにか裸だった。そして彼女はゆっくりと老人の腰に跨った。そして彼のものを含んだ。冷たくなった老人の身体の感触の中で、襞で含んだものだけが今もまだ微熱を残し生きているようだった。老人は凍てついたような顔を女に向けている。女は腰をゆっくり動かしながら肉襞の奥へと老人のものを深く導いていく。
いつのまにか闇の中であの老人に抱かれていた。いや、抱かれているというより屍(しかばね)となった老人の影が女の中に溶け込み、彼女を呪縛していた。それはとても性的な記憶を彼女に甦らせていく。鈍く燻(くすぶ)った老人の性器が女の体の中で軋みながら溶けていく。女の中の空洞が押し広げられ、穿たれ、充たされ、高みへと喘いでいく。

ああっ………うっ…… 自分の声でないような嗚咽が女の唇から洩れる。
女は老人のものを深く含んだまま烈しく腰を揺らした。これまで交わったどんな男のものより、強く迫ってくる。そして女は、老人のものから飛沫した精液を吸い込んだ錯覚に落ちた。それは錯覚というより、《より現実に近く、同時に確かな感覚であり記憶である》ように思えた。そのとき老人の屍がみるみるうちに骨になり、灰となって女の体の中に舞いあがった。そして灰は女の肉体を呪縛の瑞々しい結晶として甦らせていった………。


 …………

 薄暗がりの中に白い布を纏った女の香水の匂いと仄暗い光が混ざり合っている。のっぺりとした能面のような顔をした女。いや、実際、女は能面をつけていた。だからほんとうはどんな顔をしているのか男にはわからなかった。
天井だと思っていた丸く開いた部分から月灯りが射しこんでくる。円筒形になった丸い石の部屋は、地中に掘られた大きな穴だった。男は誰かに殴られた頬の痛みを感じながら全裸で穴の地面の真ん中に立てられた磔木を背にし、後ろ手に鎖で縛られている。
女の影が穴の壁の中に浮かんでいる。女の顔を覆った能面の紅色の唇から洩れる声は、何度なく男を尋問していた。

さあ、自白しなさい………。

女が何を自白させようとしているのか男にはわからなかった。それなのに男は何かを問われ、何かを答えなければならない。自白しなければ、この穴はやがて流れてくる水によって沼の底になり、ここは彼の永遠の墓場になると女は言った。男は穴の壁にある数か所の割れ目から少しずつ水が滲み出し、足元に溜まっていることに気がついた。
男は目の前の能面の女を、どこかで会った、誰かとして意識していた。彼は確かにその女に対して遠い記憶を感じていた。それはあの森の中に現われた少女のような気がした。そして男が少女に描いたストーリーが、彼が自白すべき記憶として胸の中で微かに波立ってくる。
 
能面の中の女の眼が、微かに堅さを含んだ彼のペニスを卑猥に見つめて笑ったような気がした。
あなたは気がついているわ、自分の記憶に。そしてわたしの純潔に………と言った女の声が穴の中に響いた。聞いたことがある声だった。それはどこかに幼さを含んだ少女の声に違いなかった。
ここから出たいでしょう。早く自白して楽になるのよ。そうしなければわたしはあなたを拷問しなければならないわ、と女は彼の耳元で冷酷に囁いた。
「ぼくは何も知らない………答えるべきものがない」
 いったい何を知らないのか、何を知っているのか、浮遊してくる記憶がほんとうに事実なのか男にはわからなかった。
 壁から浮き上がった能面の女が彼のペニスに指を絡ませ、ゆっくりと撫でたとき、彼を軽蔑するような狡猾な彼女の顔の気配がした。そのとき男は、なぜか女に甘美な愛おしさをいだいた。目の前の能面の中の女が自分ととても深い関係にあり、もしかしたら彼女こそ彼が愛すべき女かもしれないと思った。そして彼女は男が遠い記憶としてストーリーを描いていた少女かもしれない。だとしたらその少女は、男が監禁し、ほんとうにレイプした少女だったのかもしれないと思った。
あなたは、わたしの純潔をなぜ奪ったのか………わたしはそのことを聞いているわ。正直に答えなさいと女は言った。
 男の頭の中がゆっくりと空転し、返す言葉はどこを探しても見つからなかった。それよりも女が尋問する声そのものが彼に性的な疼きを与えていた。自白を強要され、拷問されることへの甘い欲望、そして能面の女への敬虔な畏怖と愛おしさ、それらが彼の肉体を確かな性の高揚へと導いていた。
 能面の女は美しい細い指で男のペニスを弄りまわす。彼女の爪が包皮を撫であげ、亀頭のえらを鈍色に滲ませながらえぐり、ゆがませる。触れる女の指が彼の体に潜む記憶のすべてを知っているような気がした。男の心と肉欲を、彼が身悶えするような性愛を。


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